皮を引いた普通の握りが実にうまい。脂がのっているので口溶け感があり、とても甘い。その後にじんわりとうま味が浮き上がる

調べたいことがあって福島県会津若松市に行ってきた。この地の名物『山田まんじゅう』の女将さんがすごい。まんじゅうもいいが、むしろ女将本人の方が遙かに印象的。この女将の口癖が「こーん」である。話の端々に「こーん」が混ざる。例えば「びっくりこーん」、「うれしいこーん」とか。これを会津弁のイントネーションで言われるとメチャクチャにおもしろい。
これがボクにうつり、『市場寿司』で「おはよう、こーん」なんて言っていたら、今度はたかさんにうつった。たかさんにうつしたら、ボクの方は「こーん」と言わなくなった。
島根からお中元で「のどくろ」の干ものがとどき、お裾分けした。
「ありがとう、こーん」
小振りの開きなのだが、さすが高級魚、少しあぶるだけで超美味しい。
たかさんが、「もっと大きい方がうまいだろう、こーん」と言ったら、今度は二十センチを超える大振りの干ものがやってきた。これを焼いてもらって食べたら、酒が欲しくなり、コップ酒を一ぱい、二はい。
車を置いてバスで帰宅するはめになる。けだしアカムツはうまい。
「次は生が来そうだ、こーん」
これまた本当にやってきたが、ボクは旅の空で食べられなかった。帰宅して『市場寿司』に顔を出したら、常連さんとたかさん一斉に「おいしかった、こーん」は、くやしいなー。
八月の市場には魚がほとんどない、夏枯れ状態だ。アカムツ食べたいと、八王子の釣り名人・そば屋の浅やんに頼もうと考えていたら、沼津の魚屋さんからケータイが入った。飲み会の誘いだったが、「アカムツある?」と聞くと、翌日に輝くほど赤い大型が三尾やってきた。
一尾は撮影のために展鰭(ボクの造語で鰭を立てるために固定すること)して、二尾を『市場寿司』に持ち込む。刺身にして、あらを吸いものにして食べて大満足。
「〆の握り、お願いねー」
「今日はダメだね、こーん」
出てきたのは、小田原のキハダマグロ、島根のマアジ、大分のタチウオ、そして北海道のウニ。これはこれでとてもうまい、とは思うが、
「アカムツも食べたいよー」
「これ活魚じゃない?まだ身が透明だし、味が軽いよ、こーん」
「刺身うまかったじゃない」
「刺身とすしダネは別。これじゃすし飯に負けるさ、こーん」
試しに食べた一かんは、うまいとは思った。が、すしネタよりすし飯の印象が強い。
「いつ頃?」。
「明後日だ、こーん」
お盆過ぎの、暑い暑い昼下がりの『市場寿司』には常連さんが全員集合していた。よく見ると八王子最長老のすし職人・忠さんまでいる。
アユを釣りに行き、その一夜干しを持って来てくれたのだ。
アカムツは、腹と背とを別々に、皮を引いたもの、皮をあぶったもの、皮目に湯をかけ皮霜造りにしたものと、次々に握ってもらう。
驚くべきは、皮を引いた普通の握りが実にうまいのだ。脂がのっているので口溶け感がある。この溶けた脂がとても甘い。その後にじんわりとうま味が浮き上がってくる。
皮をあぶったものも、焼いた風味が加わって味は横綱級だが、
「皮つきじゃなくてもいいね」
「うまいだろー……」
「〝こーん〟は?」
アユの一夜干しも、もってきた会津の酒「会津娘」もまことにうまい。なんだかゴージャスな昼下がりだ。
せっかくなので忠さんにもアカムツの握りを食べてもらう。
「ご隠居様、いかがでしょう?」
「うまい、こーん」
そろそろ夏も終わりだな。
アカムツ(スズキ目ホタルジャコ科アカムツ属)

青森県~九州南岸の日本海、東シナ海、北海道~九州の太平洋沿岸、台湾、フィリピン、オーストラリア北西岸。ホタルジャコ科の魚で唯一赤い魚で、バケムツに次いで大型になる。産卵期は夏から秋。
アカムツは東京での呼び名。最近では日本海側の呼び名「のどくろ」の方が有名になってきている。これは本種の産地が日本海に多く、太平洋側に少ないためだ。これは「きんき(キチジ)」とは真逆。例えば山陰の人でキチジを見たことがないという人が意外に多いし、北海道道東、三陸でアカムツを見たことがないという人も多い。
関東ではもっとも高価な魚のひとつ。その価値の基準は「輝きのある赤」と「大きさ」だ。築地場内ではこの赤みとその輝きを消さないために、空気に触れさせないようにラップをかけている。基本的な大きさは500g以下だが、1㎏級が出ると築地場内では店頭に飾る。重さ300g以下はキロあたり2000円前後だが、以上はキロあたり3000円以上、500g前後になるキロあたり5000円を超える。1㎏サイズだとキロあたり1万円はする。「1㎏級1匹釣ったら1万円」とは釣り好きの仲買人の言葉だ。アカムツは買うよりも釣れ、なのだ。
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2014年9月15日号の掲載情報です。
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