オオクチイシナギ(スズキ目イシナギ科イシナギ属)の生態

北はロシアのピーター大帝湾から南は屋久島のオホーツク海、日本海、太平洋沿岸に生息している。成魚は普段は水深400mから600mに、産卵期は水深20mから200m附近の浅場に移動してくる。この浅場にくる時季が本種の漁期である。
和歌山県に昔、貧しい漁師の若者がいて、そこにみすぼらしい僧侶が水をいっぱい所望した。若者が生水は体に悪いと茶を振る舞う。僧侶がそのお礼に「沖合二里半のところに大岩があり、春そこに糸を落とすと大きな魚がとれる」と言い残して去る。実際に若者が糸を落とすと大魚が釣れた。そのときの僧侶が実は弘法大師だったので、ここでは今でもこの魚を「大師魚」と呼ぶ。これなどは春に浅場にくることを物語にしたもの。2m、重さ100㎏にもなるので「大魚(おおよ、おうな)」と呼ぶ地域もある。
オオクチイシナギの値段は?
残念ながらハタの仲間と比べるとあまり高いとはいいがたい。鮮度がよくても1㎏あたり卸値で1800円前後。2㎏級のよく見かけるサイズで1尾、卸値3600円前後。ただしこれで20㎏を超えるとなんと1尾卸値36000円もすることに。釣り味よし、味もよし、買うと高い。釣り師のみなさんイシナギ釣りに行きましょう!
「オオクチイシナギ」の寿司…身が適度に繊維質で、ほどよい軟らかさ

「春になると深海のバケモンがきよるけんな」
ごっつい竿の手入れをしていた高知の漁師さんに聞いたのは何年前のことだろう。
二十キロ弱が釣れたら送ってくださいとお願いしたが、一向に来ないというか、受け取れなかった。
自宅にいるときに釣れましたと連絡を受けたら、三十キロを遙かに超えていたり、ちょうどいいのが釣れたら旅に出ていたり。
三重県から「今年は釣りもんが豊漁です」という話が舞い込んだ。
考えてみるとこの魚の成魚を初めて見たのは千葉県勝浦市、もう三十年以上前のことだ。その頃ボクは、週末は必ず釣りだったので、「このバケモンを必ず釣ってみせるのだ」と勇んだが、結局、叶わなかった。
「まだ間に合う、ガンバレ!」
たかさん、バケモンの刺身を口に放り込んで、バンザイしながら言ったのだ。こいつの味にほれたようだ。
「そんなにうまい?」
「うまいよ。なんだっけアブラなんとかなんとかってヤツ」
「アブラボウズだね」
「そうそう、先月持って来たよね。あれは脂が強すぎて白身の大トロって感じだったけど、こっちは中トロかな。オレら職人がいちばん好きな脂ののり具合だね。だから魚らしいうまさが感じられるわけさ」
さて、朝から超ハードだったので、二かんだけ食べて帰宅した。
バケモンはどえりゃーうまかった(感激すると名古屋弁になるのはなぜ?)。味の方もバケモン級だ!
今回の巨大な個体が我が家に来るにはいろいろあった。三重から「二十キロ台が揚がりました」と連絡を受けた。市場の流通網を使い到着したのはいいが、ボクの軽自動車には大きすぎて乗らなかったのだ。
親切な業者の方に自宅まで届けてもらえたまではよかったが、なんと今度はマグロ用の大きな箱が動かせない。魚自体は二十五キロだが、氷の重さを含めると遙かに重い。しかも、しかも我が家の台車にも乗らない。仕方なく助っ人をやとって、部屋に運んで解体した。
朝、五時過ぎに受け取り『市場寿司』にたどり着いたのが午後2時前。カウンターに座ったら、もう動けない。身も心もボロボロだった。
今回の主役はオオクチイシナギだ。古くは単にイシナギだったが、太平洋のアメリカ大陸沿岸に多い同属のコクチイシナギが国内にも生息しているのがわかって、区別するために「大口」がついた。
ただし決して大口ではない。むしろ精悍なイケメン魚である。
翌朝『市場寿司』ののれんをくぐったら、珍しいことに若くて可愛らしい女性がカウンターに鈴なり。
「たかさん春だね!」
はいよ、とイシナギの握りを五かん、ついでに若い女性達にも「これもどうぞ」なんて一かんずつ。
やはり味は文句なしだ。イシナギは本来、水深四百メートル以上の深海にいる。深海性の魚に共通する上質の脂が豊かで嫌みがない。身も適度に繊維質で、ほどよい軟らかさなので、すし飯との馴染みがいい。
二キロ弱は何度も食べているが、イシナギは大きい方が味はいい。二、三かんつまむと一瞬重い味だが後味はいい。ついつい手が伸びる。
可愛いらしい女の子に「これなんですか?」と聞かれて、たかさんうれしそうに説明している。イヤだね、浮かれオヤジって。顔がゆるゆる緩みすぎ。もっと引き締めろ!
「初めて食べました。今年はいいことありそうです♡♡(笑顔)」
女の子達が去っても、なんとなく店に春の香りが漂う。たかさんが大きく春の若い香りを吸い込んで、
「今年は若い娘いっぱい来そう!」
「たぶん、来ない」
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2018年4月15日号の掲載記事です。
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