アオチビキ(スズキ目フエダイ科アオチビキ属)の生態

相模湾から九州南岸の太平洋沿岸、伊豆諸島、小笠原諸島、琉球列島、南大東島。台湾、インド洋域、太平洋域のサンゴ礁域に生息する。体長1m近くになる。
本種の「ちびき」はわかりにくい。1950年代まで標準和名の「チビキ」はヒメダイのことで高知県での呼び名から来ていた。標準和名も高知県の呼び名からで「チビキ(ヒメダイ)」に似て全体に青い色をしていることからだ。ところが本種もヒメダイも血合いの弱い白身魚で、「血引き」すなわち「血が回ったように赤い色合いの身」ではない。本来の「血引き」は外房や相模湾でも釣れるハチビキのことだ。
アオチビキの値段は?
関東ではほんの少し前までは青い色合い(流通の場では赤い色の魚が高い)が毛嫌いされて、安く取引されてきた。ところが外見と中身はまったく違い、非常に美しい色合いのうま味豊かな白身だ。これを徐々に知る人が増えて、急激に値上がりしてきている。最近でも、築地場内の仲卸で2㎏前後が1㎏あたり卸値3000円で売られていた。今回の3㎏ものだと1尾で卸値9000円になる。奄美大島の漁師さん曰く、狙って釣れる魚ではないが、かかると引きはいいし、高く売れるのでうれしい魚だという。
「アオチビキ」の寿司…舌にねっとり絡みつきながら表面が溶けて甘い

八王子の市場内にあるすし店、『市場寿司 たか』のたかさんは、たぶん日本一多種類の魚を握っているが、ただ腕がいいだけの至って普通のすし職人である。当然、ボクがたかさんが言うところの「珍魚」を持ち込むとイヤな顔をするし、ときに抵抗する。こんなやりとりをかれこれ十五年以上やってきている。
たかさんがもっとも嫌いなのが、熱帯系の派手な魚とか、見た目がまずそうな魚だ。そのひとつがアオチビキであった。初めてのときなど、
「まずそうな魚だな」
とまな板の上に置いたまま、知らんぷりして、「これ食べられるの?」となかなか手を出さなかった。
それが今年五月、宮崎県の漁師さんが釣り上げた二キロものをいただいて、まるまる進呈したら、
「たか、感激!」
なんて涙を流して喜んだのだ。
不思議なことに一種類の魚をいただくと、立て続けにやってくることが多い。アオチビキは五月に長崎、六月に鹿児島と沖縄から立て続けにやってきた。これで、たかさんはアオチビキ愛に目覚めたらしい。
ある朝、のれんをくぐったら、
「アオチビキまだあるよ」
いきなり三かんが目の前に来た。
「あのさ、一かん目は新子(コノシロの稚魚で超高級ネタ)、二かん目は赤貝、三かん目に白身がいいの」
「まあ、食ってみなって」
目の前に来たのを見ると、どことなくくすんで見える。
「何日目?」
「七日目かな」
指を折って数え直して、
「八日目だね」
つまむと舌にねっとりからみつきながら表面が溶けて甘く、噛むとじわりと強いうま味が浮き上がってくる。すし飯との馴染みもいい。
「たかさん……」
「うまいとしか言いようがないだろ。初日は初日でよかったんだ。でも三日目くらいから味がぶっ飛ぶくらいによくなってきた」
「もうちょっとつけてよ」
「もうないよ」
最後の三かんは、相模湾釣り師の常連さんのところに行った。
「うまいですね。これ釣れます?」
「釣れますけど。八丈島より南とか沖縄に行かないとだめですね。船から生き餌で釣るか、ルアーで狙うらしいです。比較的浅場にいるから磯釣りにもくるって言ってました」
アオチビキの握りだけで朝ご飯にしたという常連さんは、とても幸せそうに帰って行った。
「またこないかな?」
と言ったら、本当に長崎の魚屋さんからやって来たのである。
「お中元代わりです」
「ありがとうございます」
長崎の人は義理堅い。アオチビキに大粒のビワまで入っている。
三キロ以上あった。この四分の一をたかさんに渡すと、「半身くれなきゃイヤダイヤダ」とだだをこねたので、しかたなく半身を渡す。
「たかさん、早く大人になってよ」
「うるせ!」
前日の早朝に長崎に揚がったものなので、非常に鮮度がよく、血合いが弱くて、脂が混在して白濁しているが、どことなく透明感がある。
「まだ早いとは思うけどね」
目の前に来た三かんを一気食い。
「後、三かんね」
これも一気に食べて、また三かん。
「もっと味わって食べなよ」
結局、一二かんを一気に食べても、物足りなさが残る。
「たかさん、止まらなくなった」
「どうにも止まらないか?」
「たかさん、アオチビキは新しくてもうまいけど、話が古い!」
食い過ぎて動けなくなる夏の昼下がりなのであった。
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2017年8月15日号の掲載記事です。
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