「ワキヤハタ」の寿司…魚本来のうま味からくる甘味が後々脂に交代

「ワキヤハタ」の寿司…魚本来のうま味からくる甘味が後々脂に交代

春よ来い♪♪ 早く来い♪♪ たかさんが店の前の掃除をしながら歌う。オヤジが歌っても春は来そうにない。やっぱり可愛い女の子が歌わなきゃ、なんてボクの頭の中も少しだけ春かも知れない。春よ来い♪♪ 故郷からたっぷり生ワカメが届いた。深酒の後、ワキヤハタのあら汁を作り、ワカメを沈めたら、ぱっと新緑の色合いに。


皮をあぶってもいいけど、香りがじゃまだね。素直に生の味がいい。しかも主役級だ

たかさんが、店の前を行くボクを、呼び止めて、「これなーに?」と聞いた。相模湾で「あかぼら」と呼ばれるヒメコダイだった。

「たかさん、もう何十回も持って来てるよね。ちゃんとおぼえてよ」

「ナギさんが、いつものやつと違う気がするってからさ」

ボクが作っている図鑑で、ヒメコダイの近縁種であるホシヒメコダイを見たせいらしい。こちらは超珍魚で、気持ちだけだけど、

「釣れたら百万円で買う」

と言っておいた。

ちなみにこの日、ご近所釣り師が持ち込んだのは小アカアマダイ、キダイ、ヒメコダイ、オキトラギスのアマダイ釣りの楽しい脇役たちだ。

「たまには違う釣りに挑戦してほしいな。そろそろ春なんだしさ」

数日後、アカムツ釣りに行って来ました、とこれまたご近所の釣り名師・蛸さんがいろいろ持って来てくれた。カゴカマスにギンメダイ、そしてたかさんが「だ~い好き」な「白むつ」だ。脇役ばかりだけど、とても魅力的な面々だった。

さて、東京湾、相模湾、駿河湾でお馴染みなのが「白むつ」だろう。相模湾では釣り師も、漁師さんもワキヤハタとオオメハタの二種類を区別しないで「白むつ」と呼んでいる。百メートル以深にいるアカムツと同じホタルジャコ科だ。蛇足になるが、もう一種類、ナガオオメというのもいるが、それはなぜか未だに釣れたという話を聞かない。これを釣ったら、すごいと思う。こちらはそれほど珍魚ではないが、これまた気持ちだけは、「釣れたら百万円で買う」って感じの魚である。

蛸さんが持って来た「白むつ」の尻鰭を見ると、基底部は長いが高さがない。ということでワキヤハタだった。ちなみに尾鰭のつけ根、基底部が短いのがオオメハタ。この二種の棲み分けがわからない。外房以南の太平洋側ではほとんど同じ海域にこの二種が、共存しているのだ。
ワキヤハタなど「白むつ」は、非常に保守的なすし職人に使ってもらっても、不思議なほど好かれるというか、上ネタと太鼓判を押してくれる。いわんや、たかさんをや。
ただしワキヤハタでもオオメハタでもどうでもよくて、とにもかくにも、この銀色の体色を見ただけで興奮する。

「なぜ?」

と聞くと、

「(すし)職人ってのはさ、すし飯に対して、ネタの味が勝ちすぎてもだめなのよ。すし飯に負けて存在感が感じられないのはもっとだめ。だ・か・ら、白むつ様は偉い!」

要するに職人好みの魚だ、ということだ。たかさんの場合、好きとなるとなんでも「様」をつける。
残念だったのは、一尾しかなかったこと。片身は皮付きのままあぶって、片身は皮を引いてつけてもらった。合計四かんをふたりで味見する。

「たかさん、あぶった方がうまいと思ってたけど、違ったね」

「皮をあぶってもいいけど、香りがじゃまだね。素直に生の味がいい」

「しかも主役級だよね」

皮付きは、あぶった香ばしさが実に魅力的だけど、身自体が十二分にうまいので、やり過ぎの感がある。
素直に皮引きでつけたものは、最初に脂ではなく魚本来のうま味から来る甘味があって、その甘味の主体が後々、脂のものに交代する。

「近い味で白身の主役というとアカムツとか、ムツとかだね」

「値段は白むつの方が安いけど、味の点では互角かもね」

「たかさん、二かんじゃ足りないよね。もっと食いてーな!」

「残念ながら、めったに市場に来ないしね。とすると……」

「来週も蛸さんに伊豆にいってもらうしかないね」

「(ふたりで)蛸さーん、来週もよろしく、お願い申し上げまする」

ワキヤハタ(スズキ目ホタルジャコ科オオメハタ属)

千葉県外房~九州南岸の太平洋沿岸、山口県~九州南岸の日本海・南シナ海沿岸、東シナ海の水深100~600mに生息。
本種などオオメハタ属は今ではアカムツと同じホタルジャコ科ということになっているが、古くはスズキ科でアカムツもホタルジャコもハタ類もみんなここに含まれていた。たぶんスズキ科でも比較的ハタに似た形態だとして「ハタ」がついたのではないかと思う。ちなみに相模湾などでの「白むつ」という言葉は近年市場用語となっている。オオメハタ属のオオメハタ、ワキヤハタ、ナガオオメ、珍魚のヒゲオオメハタの4種は関東に来るとすべて「白むつ」だ。他には駿河湾で「でんでん」、熊野灘周辺では「うみぶな」と呼ばれている。また「大正鯛」と呼ぶ地方があるが、これは大正時代に動力船が漁に使われるようになって初めて、水揚げされるようになったためだ。
それほど大きい魚でない上に地味な存在なので昔は安かったが、最近、すしダネとして人気が出て、徐々に値上がりしてきている。2017年の暮れ、築地場内では1㎏あたり卸値2000円がついていた。明らかに高級魚の仲間入りである。だいたい200g前後なので1尾で400円ほどだ。

◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。

文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。

以上の記事は「つり丸」2018年3月15日号の掲載記事です。

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