チョウセンバカマ(スズキ目チョウセンバカマ科チョウセンバカマ属)の生態

新潟県・千葉県以南。南はオーストラリアまでの西太平洋に生息する。群れを作らず単独行動をしているのか、絶対的に個体数が少ないのかは不明だが、伊豆半島などの定置網の水揚げを見ていると、ぽつんと1匹だけ他の魚に混ざっていることが多い。
体長20cmほど。大まかにはスズキなどの仲間だがチョウセンバカマ科は世界中に1種類、すなわち本種しか存在しない。
とれる量が極端に少ないせいか、地方名は非常に少なく、富山県の「ばんざいだい」があるだけ。チョウセンバカマは長崎市での呼び名で想像するに江戸時代の朝鮮通信使の衣装を思わせる姿からだと思われる。1846年についた学名の「banjos」も江戸時代、鎖国していたとき唯一外国人が住んでいた長崎出島の役人である「番所衆」から来ているので、タイプ標本は長崎で得た個体であることも間違いない。
チョウセンバカマの値段は?
定置網などの水揚げを見ているとわけてくれるくらいなので、ほとんど流通しない。というわけで、もしも市場で見かけてもほぼタダという可能性が大だ。それが証拠に昨年、『市場寿司』で握りにしたものは築地場内でいただいたものだ。味は最上級。釣れたら大切に持ち帰って欲しい。
「チョウセンバカマ」の寿司…脂はのってないが上品で後味がいい

「真夏の太陽ギラギラ♪ギラギラ♪」久しぶりに渋谷のスクランブル交差点を渡っていたら、サッカーのユニフォームを着たオヤジさんが変顔で歌っていた。周りもサッカー的な姿をした人が多い。生まれて一度もサッカーを見たことがないので、頭の中に「?」が浮かぶ。
そのまま広島の水産関係者と打ち合わせをしたら、デカイ荷物を渡された。中身は明らかにマダイ。そのまま渋谷をかけずり回り、宅配便の事務所から自宅まで送る。翌日、中を開けたら五キロ級だった。
「タイラバですけん」
とは、「タイを愛する人かと思ったら、ルアーなんだ」とボケたことを思ったが、産卵の痛手から立ち直った大ダイがやたらにうまかった。
「真夏はタイを愛する人の季節や」
それを聞いた、たかさんが、
「なぜウチにもってこん?」
怒りの炎を目に浮かべている。
「あまりにも忙しくてね。その代わりと言っちゃーなんだけどこれね」
袋に入れたそれを見て、たかさんの怒りの炎が余計にメラメラ。
「鮹さんがくれたんだ」
「これだけ?」
「本命もどうぞ、って言われたんだけど断った。悪いじゃない」
「本命ってなに?」
「カイワリちゃんでした」
「カイワリちゃん断って、こんな黒くて目が大きくて、やせた魚をわざわざ持って来たわけ」
昼下がりの『市場寿司』には閉店間近なのもあってお客が三人しかいない。お二人さんが帰り際にバットをのぞき込んで、「宇宙人みたい」って笑ってバイバイした。
改めてそれを見て、たかさんも
「昔こんな芸人さんいたよな。着物着てさ、水戸黄門にも出てた」
「茶川一郎だ。ホント似てる」
昭和なふたりがバカなことを言っていたら、残っていたお客もカウンター越しにのぞき込んで、「これ釣った魚なんすよね?」というので、
「そうなんです。伊豆半島の宇佐美沖の海底で幸せに暮らしていたのに、海風にさらされ過ぎて茶髪になった、ブラメンコそっくりの人に釣られたんです。冥福を祈らなきゃ」
全長十七センチしかないので、下ろすのには一分もかからなかった。ボクが「あらを持って帰りたい」と言ったので、鱗をていねいにとって血合い骨を抜き、皮を引いたら、すしダネの完成である。
さて今回の主役はチョウセンバカマだ。たかさんに標準和名を教えると、「変な名前」と言う。
「室町幕府ってわかるよね。足利義満って将軍がいたんだけど、朝鮮半島にあった高麗王朝と使節を送り合っていたんだ。そうやって日本も大陸と交流してたんだね。江戸時代まで続くんだけど、この魚の姿がそのときの装束、袴を思わせたので『朝鮮袴』ってついたんだと思う」
一尾で二かんを江戸前ずしの職人は「片身づけ」という。それをたかさんと一かんずつ口に放り込む。
「脂はのってないけど、いいねー」
「たかさんが好きな味だよね。上品で後味がいい。その割りにちゃんと舌にうま味が残ってダレない」
「おれらの世界じゃ、片身づけの魚がいちばんいいっていうし、白身はこの後口のよさで、次の一かんに繋げる
役割もする。初めて食べる魚ってのも目先が変わっていいし」
「たかさん、初物食いじゃないって毎年来てるの忘れたの?去年も足利義満から話したよね」
「じゃあ、また来年かな」
ちなみに釣り物は蛸さんのものが初めて。本命も大漁だったようだし、やっぱり蛸さん、名人かも。
「来年の分もよろしく!」
「フラメンコ蛸さん、ありがとう」
「たかさん“ブ”だけど」
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2018年8月1日号の掲載記事です。
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