ツチホゼリ(スズキ目スズキ亜目ハタ科マハタ属)の生態

主に熱帯域に多く、南日本、小笠原、沖縄に生息する。浅い珊瑚礁にいて海底を掘ってすみかを作る。
ハタの仲間で「メジナのようなメジナではないような」という種の同定相談を受けることがあって、ほとんどが本種とトビハタ。小笠原、沖縄などでは高級魚であるが、熱帯域以外では珍魚のたぐい。標準和名が大分県佐伯市のものというのも、名前すらない地域が多かった証拠かもしれない。
沖縄では珊瑚礁の浅い海域で釣れる魚で1メートルを超えるものがくる。当然、釣り人にも大人気で、現地での船釣りの大物ターゲットのひとつ。
関東ではツチホゼリとしての評価はなく、ハタの仲間、もしくは小笠原のアラの一種として取り扱われる。ハタはすべて高値がつくが、本種も3キロを超えるものは非常に高値で取引される。
ツチホゼリの値段は?
だいたい1キロあたり3500円前後で、最高値は5000円を超えたこともある。キロ4000円前後として3キロクラスで1尾12000円。こうなるとマダイやカンパチなどよりも数段高価で超高級料理店のみで扱えるもの。まあ珍魚でもあるし、味が知りたければ釣った方が安い魚といえそう。
「ツチホゼリ」の寿司…プリプリの皮から、じわりとうま味がしみ出す

一昨年の冬、沖縄で漁港を巡り、たくさんの魚を見て回ったとき、特に印象に残ったのが一メートルを超えるツチホゼリだった。見た目、ハタに見えないハタで、珊瑚礁などに単独で生息し、砂を掘ってねぐらを作るので、「土穿」と呼ばれるように。沖縄本島ではタカバー。
「汁(みそ汁)も、刺身もうまいさー」とは、釣り上げた本人が教えてくれたこと。
「おまえ明日暇なら海に行かないか、こんなのがいっぱい釣れるさ」
とは魅力的なお誘いだったが、翌日はすでに予定が。この日以来、築地場内などで見つけると、ついつい買ってしまっている。
そして沖縄を記録的な強さの台風が襲った九月半ば、また見事な小笠原産のツチホゼリを見つける。八月は夏枯れのせいか珍しい魚に出会えなかった。その憂さを晴らすように即買いしたのはいいが、小振りだと思ったら大間違い。なんと四キロもある。キロ四千円だから一万六千円はいたい。これをこのところぼんやりしている、たかさんに渡すと、「こんな大きいの、おろすのイヤだ」なんて。だだをこねる。
九月になっても暑い日が続き、忙しさもあって、夏バテしてるのだろう。よく見ると目の下にクマがある。
しかたなく、ツチホゼリを魚屋でおろしてもらい、八百屋で中国産松茸をどっさり買いこんだ。
そして店じまいの昼下がり、『市場寿司』の前に七輪を出して昆布だしをとる。酒、塩、薄口醤油で味つけして、湯引きしたツチホゼリのアラを放り込む。ほどよく煮えたところに松茸をドバっと入れる。
青みは博多から取り寄せたローマ春菊だ。福岡県ではフグ、ハタなどの鍋にはローマ春菊がつきものとなっている。ぼってり大ぶりの切れ込みの浅い葉で香りが強い。
九月半ばなのに、日が傾き始めても気温が二十九度もある。汗びっしょりになって、くらう鍋がうまい。
「久しぶりにうまいもん食ってるって感じだな」
たかさんの目の下のクマが消えてきた。ビールをうまそうにあおる。
「さーさ、もっと食べて、食べて。元気になって明日、こいつを握ってちょうだいよ」
翌日の朝、カウンターに座ると、ノンアルコールビールがとんと置かれ、「はいよ」と出てきたのが、ツチホゼリの皮の湯引き、スダチと紅葉おろしが添えてある。冷えたビールをグビリとやり、スダチ醤油をかけて口に放り込むと、寝不足気味で重かった頭がすっきり。プリプリした皮から、じわりとうま味がしみ出し、後口が甘い。
すかさず出てきた握りも味はヘビー級なのである。これなら大枚はたいても後悔しない。
「ハタの味って、なかなかうまく表現できないね。うま味が濃いのかね。脂のうまさじゃないよね」
「たかさん好みの味だよね」
「最近のお客は魚の味じゃなく、脂の甘さが好きなんだろうね。この魚は上品でいながら味がある。食感がちゃんとある。そんな白身のうまさがわかる人が少ないんだよな」
そんなことはない。なぜなら、後から来た薬局の優子ちゃんはスダチに塩でうっとりしていたし、近所の女子大生、カオルちゃんも「うまい」を連発して帰って行った。
さて朝十時を回って、そろそろ帰ろうとしていたら、たかさんの妻がやってきた。「めずらしいですね」。
「いやね、このところウチのが深夜に映画の見過ぎで体調が悪いの。それで疲れた、疲れたって。早死にされても困るので手伝いにきたのよ」
昨日もダイハード3と4を立て続けに見たという。
「大丈夫、なかなか死にませんよ」
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2012年10月15日号の掲載情報です。
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