「キツネダイ」の寿司…皮甘く、うま味豊か。すこぶるつきにうまい!

「キツネダイ」の寿司…皮甘く、うま味豊か。すこぶるつきにうまい!

東京オリンピックが決まって世の中浮かれ気分のようだが、このところ還暦オヤジ、たかさんに元気がない。「どうしたの?」と聞くと「なんとなくね」という。そうだ、秋はなんとなくもの悲しい。でもうまい魚と、うまい酒があればのりきれる。肴はキツネダイのみそ焼き、お吸い物。酒は山梨春鶯囀の大吟醸だ。


霜皮造りにした皮が甘く、口中に独特の風味を醸し出す。その後にくるうま味も豊かである。すこぶるつきにうまい!

九月はじめに静岡に出かけて、市場でいろんな魚をみつけ、旅の途中だったので、宅急便で『市場寿司 たか』に送った。残暑厳しいというのに、静岡名物のおでんを食べ、愛鷹割り(焼酎の緑茶割り)をやっていると。たかさんからケータイが、

「あのさ、送ってくれた中に、なんだかわかんないヤツがあんだけど」

どうやら、あれのことらしい。いい気分だったので、

「ああ、下がタイ。わかるタイのタイ。上が人様をばかす動物なんだなー。魚の顔見りゃだれだってわかるよ。○○○ダイだ」

旅から帰り着いたのが、翌々日。店じまいの午後一時過ぎにのれんをくぐると、「ちゃんと魚残しておいてよ」と言ったのに、送った魚はあらかたなくなっていた。

残っていたイシダイ、沖サワラ(カマスザワラ)を握りで食べようとしたら、「しゃりないよ」。

「ボクの昼ご飯は?」

「待って、待って、待ってね」

ほどなく近所の食堂からまかないのチャーハンが来た。意外に知られていないのが「すし屋のまかない」である。基本は残ったすし飯を使うこと。そのまま残ったすしダネで太巻きにすることもあるが、チャーハン、チキンライス、カレーをかけるという、洋食系のまかないにすることが多いのである。

このチャーハンが変わり種であった。魚の身やタコ、イカなどすしダネの残り物が入っている。そこにちゃんとあれの皮が赤く見える。

『市場寿司 たか』ですし飯が残ることはめったにないので、これも貴重だが、この赤いのを見ると、よけいにあれが食べたくなる。

さて雑木林から虫のすだきが聞こえてくる。季節はどんどん進むのである。九月なかばが静岡県沼津の底曳き網の解禁。半年ぶりの沼津魚市場でいの一番に見つけたのが、あれ。当然のごとく全部買い占める。

それを見ていた駿河湾の釣り名人Iさんが、「外道だね」と言った。この人、駿河湾を中心に船釣りを楽しんでいる。居酒屋を経営しているが、仕入れる魚よりも釣りの魚の方が多いともいわれているらしい。

「これがくるだらね、タナが低いだ。もっと上げる。そしたらね、すぐに本命(マダイ)がくるだらよ」

これを言われると、辛い。駿河湾御前崎に行くたびに、これがたくさん釣れるので、どうしてだろうと思っていたのである。まあ、へぼ釣り師なのでいたしかたない。

帰宅途中にあれを『市場寿司』に預けて、翌日、午後にのれんをくぐる。ボードを見ると、「駿河湾産」の隣に笠子、黒鯛、そして狸鯛。

「狐鯛だよ。なぜ狸?」

「だって人をばかす生き物って言っただろ。狸に決まってるよ、な?」

隣にいる妻が「そうだそうだ」とうなずいている。

「あの顔は狐だよ。赤は狐だし」

「それうどんでしょ。狐はだます、狸はばかすの。知らないのー?」

まあ、こんな愚かな夫婦の言うことはさておき、久しぶりに食べるキツネダイの刺身が、うまい! そして当然だけれど握りもすこぶるつきにうまい。霜皮造りにした皮が甘く、口中に独特の風味を醸し出す。後からくるうま味も豊かである。

これほどうまいのに駿河湾の釣り師は外道と言う。魚は釣り味よりも、食べ味が大切なのだ!

さて、握りの後に、酒を飲んでいると、なにやらいい匂いがしてきた。出てきたのがキツネダイの塩焼き。

これが刺身以上に味がいい。

「ここ数年でいちばんかも」

「そうだね。こんなに香りのいい塩焼きほかにはないよ。皮が甘くて、身が締まっていて身離れがいい。狸鯛って本当にうまいねぇー」

キツネダイ(スズキ目ベラ科タキベラ属)

東京湾・富山県以南、琉球列島の岩礁域に生息する体長40㎝ほどの中型魚。あまり大きな群れを作らないのか、まとまってとれることはない。伊豆諸島や小笠原、遠州灘で揚がるが、量的には少ない。このためか目立つ色合いをしているのに、市場では知らない人が多い。考えてみると釣りの世界でも外道扱いされている。
キツネダイの命名者は不明である。明治生まれの魚類学者、田中茂穂は多くの国産魚の名前をつけているが、一時、「キツネベラ」と改名したことがある。ベラ科なのでしごく当然に思えるが、現在ではキツネベラは別種の標準和名となっている。派手な姿から「サクラダイ」、意味不明の「オテルベロ」などと呼ぶ地域もある。
関東には小笠原、八丈島などからも入荷してくる。色とりどりの島の魚のなかでも赤い色合いでうまそうに見えるためか、けっして安い魚ではない。キロあたり1600円前後から2000円くらい。あまり値がつかない島の魚では高級魚と言えば言えそう。500gサイズで1尾800円から1000円。伊豆諸島や駿河湾、遠州灘ではマダイの外道扱いだが、値段の点からも丁寧にしめてお持ち帰り願いたいものだ。

◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。

文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。

以上の記事は「つり丸」2013年10月15日号の掲載情報です。

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