マルソウダ(スズキ目サバ科ソウダガツオ属)の生態

世界中の温帯・熱帯域の沿岸表層を回遊している。国内では北海道以南に生息するが房総半島以南に多い。ソウダガツオ属には本種とヒラソウダがいるが、本種の方がやや沖合を回遊している。「そうだがつお」は東京での呼び名。西日本では「めじか(目近)」と呼ぶことが多い。宮城県では「福が来る」と「ふくらい」、島根県隠岐知夫村ではサツマイモのようだとして「いもがつお」。同島では「秋のいもがつおはブリよりもうまい」と教えてくれた。海水魚のなかでも飛び抜けて地方名が多い。これは鮮度落ちが早いものの味がよく、産地で好んで食べられている証拠だ。
鮮魚よりも関東の老舗そば屋さんなどでそばつゆのだしとして好んで使われている。特にゆでて燻煙して乾かし、黴つけした「そうだの本節」は関東のそば屋さんだけが使う高級素材である。
マルソウダの値段は?
ほとんど流通しない魚である。希に流通しても関東では㎏あたり300円以上にはならない。鮮魚として珍重するのは高知県中土佐町と須崎市周辺。そして最近では高知市でも人気が急上昇。重さ200gまでを好み、とれないと200g1本が1000円くらいする。今年の9月は1本500円だった。
「マルソウダ」の寿司…弾力があり、噛むと実に強いうま味が広がる

今回は旅日記風に。九月初旬、愛媛県・高知県の旅に出た。
一日目は四万十川水系広見川のウナギ漁を見て、天然ウナギを堪能。
二日目は四万十川本流を遡る。遡る、というと山間部に分け入るように思われそうだが、実は源流域は海からそれほど離れていない。源流域からふた山越えれば中土佐町久礼に至る。かの青柳祐介の漫画『土佐の一本釣り』の舞台である。
三日目は午前三時に「めじか(マルソウダ)の新子」漁で久礼沖を目指した。船頭さんは又川幸男さん、船は幸進丸。出港一時間ほどでスローになる。あたりは真っ暗闇でいくつかの僚船の明かりが見えるだけ。
又川さんが操舵室から降りて艫に四本の竿を並べた。仕掛けは「めじか板」という楕円形のおもりが着いた潜航板の先に、疑似餌が一本ついているだけ。ようするにトローリングで、板がくるくると海中で不規則な動きをし、疑似餌を踊らせる。コマセは生のシラス。ゆっくりと船を回転させながら当たりを待つ。
「魚がきたら板が浮き上がるきに」
その板がいっこうに浮き上がってこない。このところ不漁で「今日もあんまし釣れんかもしれん」と又川さんがつぶやいたそのとき、突然左端の竿を起こして、一匹目を取り込む。それからは四本の竿にひっきりなしに「めじかの新子」がかかる。
「あんたも釣ってみゆうか」
一本の竿を任されると、これがすさまじく忙しい。二十五センチほどの「新子」の引きがやけに強い。取材のはずなのに、いつの間にか釣りに夢中になっている自分に気づく。ほんの三時間ほどでクーラーが満杯になった。帰港が早いほど高値がつく上に、久礼の大正市場で売るため奥さんが港で待っている。後ろ髪を引かれる思いで竿を上げる。
午後、この「新子」を持って町内の『和食・宴 あずま』に駆け込んだ。中土佐町の料理店の多くがすしを出す。この店の板前さんも大阪のすし店で修業したすし職人だ。
「新子のすしは高級品なんです」
小振りなので血合いを除けば、ネタは棒状になる。これを素早く二枚合わせ握り、地元の柑橘類・仏手柑の皮をすり散らす。実にキレイだ。
口に入れると強い弾力があり、噛むと実に強いうま味が広がってくる。すし飯との馴染みこそ悪いものの、一かんつまんだらやめられない。
小振りのマルソウダの生が、これほどにうまい、ということを知らなかったのは大いに不覚である。釣りに通っていたときには「ソウダ釣り名人」と呼ばれていた。そのほとんどを煮て食べていたのも不覚だ。
基本的にマルソウダは生では食べない。特に成魚は「当たる」といって国内で生食するところはない。
ただし体長二十五センチ前後までの、高知県中央部で名物になっている「新子」だけは別。このサイズは鹿児島県の一部でも好んで食べられている。中土佐町では専門機関で中毒原因のヒスチジンのことを調べたというが、小振りのマルソウダを生食してもなんら問題はないという結論に。ただし、しっかり血抜きし、氷でしめてすら当日限りの味だということを忘れないように。
だからこの刺身と握りは、漁のある高知県中央部と海釣り師だけが味わえる特権的なものなのだ。
こんなことを高知から帰ってたかさんに話していたら、近くで聞いていた釣り師のナギさんが、
「オレ、小さいソウダ捨ててたよ」
ずっとだまっていた、たかさんが、
「あのさ、ということはだよ。今回のこの話にオレ登場しないの?」
「そうだね」
「おかしくない? 主役が登場しないなんてダメだと思うなー」
いつから主役になったのだろう。
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2015年10月15日号の掲載情報です。
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