ホシテンス(スズキ目ベラ科テンス属)の生態

太平洋の熱帯から温帯域に生息する。国内では幼魚が千葉県館山湾、成魚は伊豆諸島、小笠原諸島、屋久島以南の琉球列島で見られる。また、静岡県、和歌山県、高知県などでも見つかっているが非常に希だ。
沖縄県沖縄本島では「しままくぶ」。沖縄では体高のあるベラ類を「まくぶ」という。体側に3本の横縞があるのでこの名がついたようだ。標準和名は、背中にぽつんと「星」、すなわちドット状の黒い斑点があるため。ちなみに「てんす」は神奈川県三崎や江ノ島での言葉であるが意味は不明。
ダイビングなどの世界では地味な成魚よりも、背鰭が著しく長い幼魚の方が、はるかに人気が高い。英名の「ピーコックフィッシュ」も幼魚のことをさしている。
ホシテンスの値段は?
流通上はまったく見ていない。沖縄県では小振りのニザダイ科クロハギ属とか、アイゴ以外のアイゴ科の魚などと一緒になって競り場に並んでいる。残念なことに本種だけでは競り場には出てこない。この雑多な小山は、全部合わせても数百円。1尾あたりの値段はつかない。
安い魚ではあるが、食べたらとてもおいしいのだ。小さいのに12号のハリにもくる食いしん坊、釣れたらお持ち帰りを。
上品な白身で皮の香りやうまさが良く甘味の後からうま味が加わる

図鑑を作っていると、長年探していても、出合えない魚が何種類かいる。例えば、キジハタそっくりのノミノクチ。例えば、ソイやヒラメ釣りなどで希にくるゴマソイなどだ。
そして今、大々的かつ全国的にウォンテッドしているのがテンスだ。別に珍しい魚ではない。相模湾でもいたって普通に見られる妙に愛嬌のある顔をしたベラ科の魚だ。
釣りに行けなくなって困るのは、浅場での釣りでよく見かける、こんな平凡な魚が手に入らないことだ。
さて、八王子の市場の魚屋、クマゴロウは、休日は全部釣行というほど釣りにのめり込んでいる。
ときどき相模湾の釣り宿のサイトを見ていると、お隣の市場の、塩乾や総菜を売っている福さんと競うように登場している。ということは釣果もかなりのものらしい。
クマゴロウのように年を取ってから釣りにハマった人間ほどたちの悪いものはない。さぞや妻はイヤだろう、と思いきや、釣りバカ日誌そのものの夫を、優しく見守っているようなのだ。持つべきものは友より良妻だ(ほめたのは大好きな柿をくれたからではないからね)。
クマゴロウは、本命に関しては知らないが、小さな魚を釣るのに関しては天性のものを持っているようだ。ここ数年で、店の水槽に小魚がやたらに増えているが、総て釣った魚だ。これが商売もののマダイやフグよりも多いのだからすごい(?)。
去年釣った赤ちゃんサイズのアカアマダイはいつのまにか三十センチ近くに育っていて、商売ものの甘エビを剥いて、水面にかざすと真っ先に飛びついてくる。ひょっとしたらアマダイ釣りには、オキアミじゃなくて甘エビなのかも。
さて、今回の主役は御蔵島周りのシマアジ釣りで、なんと十二号のハリにかかってきた全長二十センチほどの謎の魚だ。
その妙に愛嬌のある顔の平べったい魚を見て、踊り出したくなるのを堪えて、黙ってもらってきた。ただし、ベラ科の同定は難しい。テンスに間違いなしと思って、慎重に同定したら、残念なことにテンスではなかった。テンスはテンスだけど、その上にホシがつく。ハズレだけど結果よしの番狂わせ。ヒットを狙って、ホームランを打つがごとし。ホシテンスはベラ科でもトップクラスの珍魚だったのだ。
これを木枯らしのように冷たい風の吹く昼下がり、市場寿司に持ち込んだ。たかさんが手にして、ふにゃふにゃと、魚体を曲げる。長く伸びた背鰭を引っ張る。
「そんな持ち方ないでしょ」
「これ食べれるのかい」
「沖縄じゃー食べてるさー」
「柔らかいから皮つきがいい?」
「そうだね。あぶってみてよ」
全長二十センチほどなので、三枚に下ろして皮目をバーナーであぶると、四かん分のネタがとれた。
「上品な白身だね。魚は見かけによらない。それに皮の香りがいい」
「たかさんにもやっと魚の本質が見えてきたね。ベラ科の魚は皮が命なのよ。ベラの味は皮七割ってね」
触っただけで水分の多い魚だとわかるほど柔らかい。期待しなかっただけに、うまさにビックリ。皮のうまさは当然としても身に甘みがある。その甘味の後からうま味が加わる。すし飯との馴染みも抜群にいい。これなら何かんでもいける。
翌日、クマゴロウに「今度はこっち釣ってきてよ」と正真正銘のテンスの画像を見せた、
「ダメ。だって年末だもん」
そのとき、市場内のスピーカーからジングルベルが流れてきた。
「早すぎない」
「テスト放送だよ。それにしても今年も早いよなー」
「早いね」
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2018年12月15日号の掲載記事です。
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