ムツ(スズキ目ムツ科ムツ属)の生態

ムツの値段は?
関東の市場でもっとも値段の高い魚はなにか? と問われると寒い時季ならムツ2種は確実にその筆頭に上がる。
特に3kgを超えると1㎏あたり卸値10000円は普通。
1kg前後でも1㎏あたり5000円はする、大物は豊洲市場内では触るのもはばかれる。
ただし小ムツはそれほど高くない。今回の全長23cm、重さ160gで1㎏あたり卸値1500円ほど。1尾で240円なり。
マダイ乗合では、本命に負けぬうまし魚である。大切にお持ち帰り願いたい。
脂がのって舌の上でとろけて甘く、濃密なうま味が口中にフワッと広がるムツの握り
長い短いはあるものの、人には必ず異性に対して、モテ期があるらしい。
同様に釣りにもモテ期がある。出船するたびに、魚にモテてモテて困り、毎回竿頭で、クーラー満杯。
そんな釣りモテ期真っただ中の人間がそばにいたのだ。魚屋のクマゴロウである。
最近とても気前がいい。先日はボクに釣れたマダイを二本もくれたし、たかさんにはイナダを五本も持って来たらしい。
釣りの神様が下りてきた、のかも知れない。
空が泣き出しそうなある朝、クマゴロウの店に行ったら、店頭に春が来ていた!
アカガイ、青柳に、大きなサヨリが銀色に光っていた。
その傍らに、大きなアカアマダイと大きなマダイ、マハタまでもが堂々と置かれ、山のようなイナダの間に隠れるようにムツが点々と。
マハタとムツを手に取って、
「もらってくよ」
「もっと大きいのがあったんだよ。月曜日は早めに来なよ」
手尺で測ったマハタの大きさは全長三十センチ、もっと大きいとすると一キロ超えかも知れない。
相模湾平塚沖で、マハタを釣るだけでもすごい! と思うのに二匹も!
本命のマダイもゲットしているし、やはりクマゴロウには、釣りのモテ期が間違いなく来ている。
「あのさ、仕掛け落とす前に魚が食ってくるわけよ。一投一匹よ」
神様じゃあるまいし、そんなことはないだろうけど、ほとんど空振りなし、というのは本当のようだ。
「釣れすぎて困る」も本音だろう。
その日の午後、市場寿司に魚を持ち込んで、まずはマハタを下ろして、刺身にして食べてみた。
相模湾の早春のマハタは脂がのっていて、甘さが真っ先に舌にくる。そしてうまい。
「これなら握りにしてもいいね」
「つけようか?」
「今日で大丈夫なの?」
つけてもらったら、釣り上げた翌日なのに、うま味ゆたかで、
すし飯と一緒になっても味がだれず、一かんの握りとしてまとまりを感じる。
「どう、今日で正解だろ」
「いいね。小型だからかな?」
昼下がり、小雨が降りはじめ気温が下がってきた。
三寒四温で、また冬に逆戻りなのかもしれない。マハタのあらを潮汁にしてもらって、持参した吟醸酒をぬる燗でやる。
「たかさん、午後酒はきく」
帰ろうとしたら、
「忘れ物!」
三枚に下ろした小ムツを両手にひらひらとさせてニッコリ。
片身は皮を引き、片身は皮をあぶってつけてくれた。見た目にもきれい。
全長二十センチなので、片身づけで普通の握りよりも大きめだ。それを、えいや! と口に放り込む。
口の中がいきなりパラダイス状態になる。
脂がのっているためか、舌の上でとろける感じがして甘く、濃密なうま味が口中にフワッと広がる。
すし飯との馴染みも絶妙だ。
一かん目がパラダイスだとしたら、二かん目で天国に行った気分になった。
皮目の香ばしさが加わって、口の中が萌え萌えって感じ、冬に逆戻りした午後にいきなり、山笑う。
「たかさん、昇天しちゃう」
翌朝、たかさんが思わずクマゴロウの店で、大振りのムツを仕入れた。
そして数日後、またクマゴロウが小ムツを釣ってきて、その翌朝また大振りのムツをたかさんが仕入れる。
「たかさん、小ムツはおとりだ。小ムツで大ムツを売るって罠だ」
「クマゴロウ、お主も悪よのー」
マダイ釣りの水深で、小ムツが釣れること自体を知らなかった。
それが浅場にいる小ムツよりはるかに脂がのり、大型のムツと比べても味的に一歩もひけを取らない。
「たかさん、ムツは小振りでも…」
「ぴりりとうまいね〜」
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2019年4月1日号の掲載記事です。
雑誌つり丸(マガジン・マガジン)を販売中!割引雑誌、プレゼント付雑誌、定期購読、バックナンバー、学割雑誌、シニア割雑誌などお得な雑誌情報満載!
北海道〜九州の太平洋・日本海・東シナ海、台湾の水深200〜700mに生息する。
ただし若魚はもっと浅場にいる。浅い場所で産卵し、若魚は浅場にいて、大きくなるに従い深場に落ちていく。
今回の主役、平塚沖の小型はムツとしたが、近縁のクロムツとの違いはほとんどない。
クロムツの方がより黒いのと、第1鰓弓の枝状の突起を数えてみる、側線の穴を数えるなど同定は大変。
しかもムツ科はムツ、クロムツの2種から、3種に増えそうなのだ。
2種類でもたいへんなのに、これからどうなるのだろうと心配。ただし今回は、色合いからしてムツだとしてみた。