身がシコシコとして少し硬くて、すし飯との馴染みは悪いが、実に味わい深い

夏に枯渇するのが白身魚。町の庶民的で平凡なすし店の、すし職人さんは、安くて美味しい白身魚を求めて市場中右往左往する。
そんな真夏の救世主が小形のヒラマサだ。今年は入荷量が多い。その上、東西の釣り師からの差し入れも多くて、「あこがれのヒラマサが、こんなに簡単に釣れていいのだろうか?」という疑問すら湧いてくる。
「ときどき虫が入っているのもあるけど、味も身質のよさも、言うこと無しってヤツだよね」
たかさんがまた小振りのヒラマサを下ろしている。活け締めで、身色もよく、腹の方の銀皮がきれいだ。
「一に大政♪♪、二に小政♪♪」
「なにそれ?」
「知らないの、歌にあるだろ」
「まさか清水次郎長の?」
「すし食いねーって言った人ね」
「それは森の石松だよね」
さて、この日は小振りのヒラマサ、“小政”が二本あった。たかさん曰く、一本は「下ろしてください」とご近所のご常連Aさんに頼まれたもの。ひとつは市場で買ったもの。
持って来たAさんが「初めて釣りをして、釣れたんです」と言うのに、「釣りを始めたばかりで、ヒラマサが釣れるわけがない」と、これも『市場寿司』の常連でベテラン釣り師のナギさんがケチをつけたという因縁の代物らしい。
どちらも五十センチ前後で一キロ前後のサイズだ。この小振りのヒラマサが瓜二つ。まな板を持ち上げて、「どう。右がAさんの、左が市場仕入れたの。そっくりだ」。
と両方を切りつけて味見、握りにして、とやっている内に、どれがAさんのだかわからなくなった。
要するにどちらも絶品。身がシコシコとして少し硬くて、すし飯との馴染みは悪いが、実に味わい深い。
この“小政”、翌日、翌々日と寝かせたら、うま味がさらに増して、下ろした当日の倍のうまさだった。夏の“小政”の味、恐るべしだ。さて、甲乙つけがたいうまさなので、よけいに区別がつかない。
「味違うかな」
「うーん、鮮度は釣りの方がよかったかな。少し身が硬かったし」
「印つけときゃよかったなー」
たかさん、お礼に四分の一をもらい、あらと、下ろしたものを丁寧に紙にくるみ届けた。
めでたし、めでたしと言いたいところだが、これが大騒ぎに。Aさんが「頭、二匹分あるのはどうして?」と聞いてきたのだ。これを適当に答えればいいのに、真正直に答えたから、さあ大変。
やってきたAさんの、まるでバスケットボールのようにまん丸い顔の、小さくて可憐な目に涙が浮かぶ。
「うれしさが半分になった」
「まあ、まあ泣かないで」
聞くと故郷、島根県での初ジギングで釣った記念すべき魚だという。
ボクもベテラン釣り師のナギさんもこの“ジギング”という言葉にはやけに弱い。ボクはまだ一度もやったことがないし、ナギさんも二、三度やった程度で、その釣果ははかばかしいものではなかったようだ。
たかさんが「まあ、まあ」と握りを出したら、Aさん、よく食べる。
「マグロもいいけど、ヒラマサの握りって最高っすね。身が甘~い」
なんと“小政”一本分をあっという間に食べ、強大なゴムマリのような体をゆらせながら帰って行った。
「なんだかゾウさんに似ていない」
「いや、あれはゾウアザラシだね」
「ゆるキャラに見えてきた」
たかさん、米をとぎながら、
「よほど“小政”うまかったんだろうね。職人冥利につきるよ。やっぱり大政、小政、すし食いねーだ」
「意味わからないけど、めでたし、めでたし」。
ヒラマサ(スズキ目アジ科ブリ属)

アルゼンチンやロシア海域などにもいるが、北海道から九州までの日本周辺に多い。姿も、1mを超える大形魚であることも、生息域が主に日本列島周辺であることなども、ブリそっくりで見分けるのは至難。体側の黄色いラインがブリよりも目立つこと、左右に平たいことなどで見分けられる。が、正確さを求めるなら、唇にあたる部分、上顎後端上部を見る。この部分が尖っていたらブリ、丸ければヒラマサである。
標準和名は東京都での呼び名からとっている。この呼び名は実は関東など一部でのもので、むしろ「ひらす」、「ひらそ」と言う地域の方が広い。これは魚体が「平たく」、「そ(磯)」に多い魚という意味。
産卵期が春のブリの旬は冬なのに対し、春から夏に産卵期を迎える本種は夏に脂がのる。市場では「夏の魚」として有名。
大小、季節を問わず、高値で取引されている。特に3㎏を超える市場で「大政」と呼ばれるものはキロあたり3000円以下にはならない。1キロ程度の「小政」でも1800円くらいはする。ということで「小政」1尾1㎏として、卸値で1800円くらいはする。特に夏は高いので、釣り揚げたら丁寧に締めてお持ち帰り願いたい。
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2015年9月1日号の掲載情報です。
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