ヒゲダイ(スズキ目イサキ科ヒゲダイ属)の生態

山形県・福島県~九州の日本海、東シナ海、太平洋沿岸。太平洋沿岸に多い。
1955年に出た田中茂穂の『図説有用魚類千種 正』に載っているヒゲダイの図はなぜかヒゲソリダイになっている。古くヒゲダイとヒゲソリダイは混同されていた。それで研究がすすんで、本種は2005年に新種記載された。そのせいか「とももり(たぶん平知盛にちなむ)」という呼び名は両種ともに使われている。「鍋割」というのもある。これは明らかに「うますぎて鍋の底に残ったものまでかきとって食べた」、それで「鍋割(鍋壊しと同じ意味)」となったはず。本種はそれほどに味がいい。
標準和名のヒゲダイは下あごに髭状のふさがあるため。同じく下あごにふさ状の髭があるが、ヒゲソリダイには少ない。このあたり標準和名としておかしみを感じる。
ヒゲダイの値段は?
実に漁獲量の少ない魚。定置網で、たまにとれても一日にぽつんと1~2匹くらいである。残念ながら築地場内などにもめったに来ない魚なので一定の評価はない。今回の握りに使った1㎏弱で卸値キロあたり2000円。大きいもので卸値キロあたり3000円くらいだ。1尾1キロで2000円ほど。まずまずの高級魚ではある。
「ヒゲダイ」の寿司…この白いのが総て脂の粒子か? と思う程の甘味

台風が来たり、火山の噴火があったり、今年は自然災害が多い。そのせいだろうか? 水揚げが好調なのはサンマだけ。その他の魚種の市場への入荷が少ない。ついでに言わせてもらえば、ご近所の釣り人の皆さんの釣行回数も少ないようだ。
早く天候が安定するといい、そうぼんやり考えていたら、そのご近所の釣り人のひとりが、『市場寿司』にいたボクを呼びに来た。
「初めて見る真っ黒な魚がいるんだけど、なんでしょうね」
押っ取り刀で市場の魚屋に行くと、確かに真っ黒な物体が水槽でゆらゆら泳いでいた。「すくってよ」と言うと、「へい、お買い上げー!」。
まな板の上でばたばたしているのを見ると、ヒゲダイであった。
「どうしてヒゲダイなの?」
人気絶頂の高尾山そばのすし屋さんが不思議そうに聞いてくる。説明すると下あごの髭を触って、
「本当だ。髭がある」
「よく似た魚にヒゲソリダイっていうのがあるんですが、そっちは髭が短いんです。このヒゲダイ、ヒゲソリダイは超うまいんですよね」
三キロ、四キロになる魚なので重さ一キロ弱は「まだ子供ですね」。
「子供のくせに偉そうだ」
持ち帰ると、たかさんが、あっという間に下し、刺身にして味見。
「ああ、うまーい!」
釣り人さんも大感激。
「釣れるかな?」
と聞くので、あまり釣れたという話は聞いたことがないが、イサキの仲間なのでオキアミや身エサで釣れるはず、などと説明した。
「これは千葉県産だから、外房で浅場のイサキ釣りとかやると、まじる可能性大いにありでしょう。がんばって釣ってきてください」
握りで食べても、実に上等であった。血合いが赤くなく薄紅。全体にやや白っぽい。が、この白いのが総て脂の粒子ではないか? と思えるほどに脂の甘味が感じられる。しめた直後なので、すし飯との馴染みがイマイチなのだけが残念だ。
「たかさーん、明後日くるから、半身残しといてね」
そのまま九段に出たら、千鳥ヶ淵の石垣にススキの白い穂がゆらゆら風に揺れている。「秋だな」などとしみじみ感じて、ため息が出る。
夕方に行ったすし屋さんで三陸産メバチマグロをつまんで大感激。白身の千葉県産ソゲ(ヒラメの一キロ以下)に感動。兵庫県明石産のマダイにうっとりして声をなくす。
さて、明後日といった当日の朝。予定通り『市場寿司』のカウンターでヒゲダイの握りをつまむ。座ると同時に出てきたのが、三かん。ひとつめつまんで、舌にうま味がじわりと広がる。しめた日よりも格段にうまい。これは「三陸のメバチマグロなんか目じゃない」。二かんめはスダチ塩で口に放り込む。こうなると言語を失って、なにも言えなくなる。
たかさんが端っこにいる母娘連れに、ヒゲダイの写真を見せて、いろいろ説明している。「やけに親切だな」と母娘を見て納得。
母は大原麗子似、娘はAKBに入れても大丈夫、というくらい可愛い。
「白身でうまいんです」と出して、母娘ともども「おいしいわ、おいしいわ」と感激の声を上げている。
これでやめとけばいいのに、
「ドウビドウバー」
母娘が「しーん」と困り顔になる。当たり前だ。ここで「パパ」と「パヤー」とか返ってくると思うなよ、母親だって三十代らしいのだから。
ボクはかねがね、ヒゲダイの顔は左卜伝に似ていると思っていた。でも、たかさんに教えたことはない。と言うことは、ヒゲダイの顔は間違いなく左卜伝似なのだ。
「昭和は遠くなりにけり、だ」
以上の記事は「つり丸」2014年11月15日号の掲載情報です。
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