「キントキダイ」の寿司…脂がのっていて甘味がある一貫

「キントキダイ」の寿司…脂がのっていて甘味がある一貫

虫のすだきがぱたりと消えた。街にセーター姿が目立ってきた。ラーメン店が混んでいる。「鮟鱇鍋できます」と居酒屋ののれん横に。いつの間にか冬到来、一年でいちばんせわしない月が近づいてきた。ボクもせわしないのでキントキダイの鱗つきの皮を素揚げにして深夜にウイスキーをやる。このひとときが明日の活力を産む。


脂がのっていて甘味がある。キントキダイ三種の中でも、いちばん小振りのキントキダイがいちばんうまいとは意外である

毎年のことだが、霜月になると、還暦をとおに過ぎたたかさんが、浮かない顔になる。気を病むのだ。

昼下がり、のれんを下ろす直前の『市場寿司 たか』。古希を迎えたばかりの常連さんが、隅っこから、

「若い人は五月病っていうけど、還暦過ぎると霜月病ってとこだな。オレみたいに孫と酒が飲めるような歳になると一年中元気だけどな」

その孫が釣ってお裾分けしてくれたのが、千葉県大原沖のチカメキントキである。脂がのっていて、身にうまみがたっぷりあり、うまい!

この刺身を肴に我が故郷、徳島県美馬市の銘酒「司菊」をいっぱい。

「たかさんも飲め、気が晴れるよ」

「だめだって、最近だれも迎えに来てくれないし。今は自転車だって酔っ払い運転はダメだかんね」

さて、この孫世代の海釣りはもっぱらルアーである。

「ルアーでチカメキントキがくるんですね。知りませんでした」

「タイやヒラメも釣ってくるし、サバやシイラ、マグロも、そうだメバルもだ。エサ釣りと変わらない」

「バスで帰れば」とコップ酒をすすめると、たかさん一気飲み。

「いい飲みっぷりだ」

おもしろいもので、もらった途端に市場にもチカメキントキが大挙して入荷してきた。なかなかいい値段だが、「味がいいからついつい手が出るんだよ」と、『市場寿司』のネタケースに、毎日のように微かに赤みを帯びた身が並ぶ。

十月に故郷・徳島に帰った。生まれた町は山間部だが、今回初めて海辺の町をめぐってきた。徳島は小さな県ではあるが、県南の太平洋に面した町と、山間部のボクの故郷はまるで別の県のようだった。

ここで宍喰町名物スダチの酎ハイ「長スペ」をやりながら、漁協の人たちや漁師さんと仲良くなった。ボクが「売れない魚や、捨てられる魚貝類を研究してます」と言ったのを聞き、「長スペ」の考案者『宍喰漁業協同組合』の参事・長尾さんが、雑魚をいっぱい送ってきてくれた。

その雑魚の主体がキントキダイ三種であった。小振りのキントキダイがたっぷり、アカネキントキに、三十センチ近いホウセキキントキが一尾。アカネキントキ以外は港の前で釣り上げたもの。不思議なことに関東でもっともよく釣れるチカメキントキが入っていない。

このサイズがいちばんすしに向いている。たかさん本日はご機嫌よろしく、「はいよー」っと、まな板に向かい。鱗を取らないで、そのまま三枚下ろしに。大きなボウル一杯あったキントキダイが、あっという間にすしネタに変身した。

まずはホウセキキントキ、アカネキントキを握りに。これがなかなかの味。脂がのり、うま味にあふれている。そして、小振りのキントキダイを片身二かん取りにして握る。小さいのにこちらも脂がのって甘味がある。今回のキントキダイ類のなかでも頭一つ抜けたうまさだ。

肝を湯引きにしてのせたら、これもいいし、スダチに塩もうまい。いちばん小振りのキントキダイがいちばんうまいとは意外である。

釣り師の常連さんが「キントキダイってのは釣ったことがない」と言う。確かに防波堤での夜釣りにはくるが、船釣りで釣れたという話は聞いたことがない。夜行性のために昼の船釣りにこないのかも知れない。

さて、二かん、三かんとキントキダイの握りをつまんで、結局、スダチ塩がいちばんうまいと、また追加。

カウンターの中のたかさんが、やはり本日は特別元気だ。いつもより二倍働いて、二倍にこやかだ。

「どうしたの?」

「涼宮ハルヒちゃんがにっこりよ」

「それだれ?」

キントキダイ(スズキ目キントキダイ科キントキダイ属)

相模湾~九州南岸の太平洋沿岸、瀬戸内海、佐渡島~九州西岸の日本海、東シナ海。琉球列島にはほとんど見られない。内湾の浅場にいる魚で夜行性。
派手な姿から呼び名も多彩。意味不明なのは「馬盗人」、「たんやまえぐれ」。日本各地で「きんめ」、「きんめだい」と紛らわしい呼び名もある。標準和名についた「金時」や「金平」は赤いことからついた呼び名。ともに坂田金時、すなわち昔話などで有名な金太郎のことで、絵のなかの金太郎の全身が真紅であったり、同じく金太郎をモデルにした歌舞伎「怪童丸」の衣装が赤いため、「金太郎=赤」が常識だった。
キントキダイ科でもっともたくさんとれて大形になるのがチカメキントキ。相模湾などでの「かげきよ」である。ついで西日本に多いのがホウセキキントキ。キントキダイは珍しいというほどではないが、あまりまとまって取れることがない。当然、流通することは希で、主に産地周辺のみ出回ることが多い。築地場内などで見たのは2度だけ。「赤い魚は高い」の認識通り、けっして安くはなく、1キロあたり卸値で1500円前後。200グラムサイズのやや大振りのもので、1尾卸値300円くらいだ。

◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。

文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。

以上の記事は「つり丸」2014年12月1日号の掲載情報です。

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