ヒゲソリダイ(スズキ目イサキ科ヒゲダイ属)の生態

青森県から熊本県天草の日本海・東シナ海沿岸。神奈川県から九州南岸の太平洋沿岸。岩手県や宮城県でも見つかっているので、もっと北に生息域を広げていそう。水深20から80mの砂地に暮らす。全長50㎝前後になり鯛型をしている。
近縁種にヒゲダイ、セトダイがいる。すべて下あごにヒゲがあるが、ヒゲダイのヒゲがいちばん長く、次いで長いのがヒゲソリダイ、もっとも短いのがセトダイである。山形県では「茅刈(かやかり)」。秋に「茅」、すなわちススキやチガヤ、スゲなどを肥料や笠を作るための原料として刈る。この時季にたくさんとれるためについた呼び名だ。同様に大分県中津ではカヤダイ。
古くは紀伊半島以西に多い魚であったが、近年、相模湾でもとれるし、駿河湾ではまとまってとれることもある。
ヒゲソリダイの値段は?
味のいい魚だが、知名度が低いのであまり値段が高くない。馴染みのない静岡県などでは、本種の大漁を漁師さんにはあまりよろこばない。
大型だし、味のいい魚なのが知られてきて、やや高値となっているが、まだまだ高級魚とはいえない。1㎏あたり1000円~1500円ほど。大型2㎏クラスで1尾3000円くらい。値段は平凡である。
「ヒゲソリダイ」の寿司…うま味が濃厚。後を引くうまさだ

肌寒さを感じる昼下がり、『市場寿司』に魚を持ち込もうとのれんの前に立つと、中でたかさんが、店仕舞いしながらスマホをいじってはニヤニヤしている。きっと孫の写真だろうとのぞくと、なんと幼顔のたぶんアイドルらしき女性の写真。よく見るとやたらに胸がデカイ。
「なんじゃこれはヤマモトアヤ」
「違うよ。ヤマモトサヤカ」
一段落ついた、たかさんに魚を手渡すとあまりの重さに、
「なんじゃこの重さは」
「熊本県天草産ヒゲソリダイ三本。重さ合計六キロだ。驚いたか?」
「これぜ~んぶ今から下ろすの? 無理。オレもう還暦超えてるしー」
なだめすかしてなんとか全部水洗いさせ、三枚下ろしをする包丁にべっとりと脂がついている。
「イサキ科の魚の旬は春から夏だと思っていたけど、そんなに単純じゃないね。産卵後の立ち直りが早いのかも知れないよね」
「え、これもイサキの仲間なの。鯛のような形でぜんぜん似てないね」
刺身で食べてみるととても甘味がある上に、脂がたっぷりのっているためか、口の中でとろっと、甘味をともなってとろける感じがする。
「送ってくれたのは天草の漁師で、出口典彦さんっていうんだけど、いいものを選んで、送る直前に締めてくれたらしい。とすると明日の方がもっと味がよくなるのかな」
さて、その翌日午後、『市場寿司』ののれんをくぐると店内は常連さんの揃い踏みだ。大会社の管理職、のはずのナギさんが顔をまっかにそめて、かなりきこしめしている。
「ヒゲダイだっけ。うますぎますね。こんなのが釣れたらいいのになー」
「ヒゲソリダイです。そういえば釣れたという話は聞かないね。これ天草の漁師さんが刺し網でとったものだしね。二~三キロにもなる魚で、鯛型だからさぞや引きもいいだろうにねー。不思議だよね」
ボクの前に最初にきたのは、皮を乾かして串に巻いてあぶったもの。
「酒飲みに来たんじゃないよ」
と串を口でしごいて、ゆるゆると咀嚼したら、なかからじんわりと濃厚なうま味が染み出してきた。思わず、ノンアルコールビールをもらったら、今度はお隣の食堂から塩焼きが届く。これも、うまい。うまいとしか言いようがない。
「本物の酒が欲しいが仕事があるので我慢。なにかあったの?」
「忠さんとこに、ひ孫が生まれたんだって。それで全員集合」
ひとり蚊帳の外といった感じなので握ってもらう。これが素晴らしい。昨日よりも少し軟らかくなり、すし飯との馴染みもよくなっている。とろける感が昨日以上にする。試しにすだちと岩塩で食べたら、これも見事。この日のネタケースの主役は明らかにヒゲソリダイだ。
さて、下ろしてから四日目にヒゲソリダイの味はピークを迎えた。血合いの赤みは鈍くなり、食感もイマイチだけど、濃厚なうま味が感じられる。後を引くうまさだ。
「今日がぎりぎりだけど、保ちがいいね。これも魅力だね」
仕入れが終わった忠さんがお茶を飲みに来た。ふとたかさんの方を見ると、ホワイトボードの「ヒゲダイ」に「終了」と書こうとしている。
「“ソリ”が抜けてるよ。ヒゲダイじゃなくて、ヒゲソリダイ」
「似てるから迷っちまうんだよね。そんでさ、いつも間違った方を書く。だから学校の成績悪かったんだね」
「アイドルの名前はわかるのに」
「そりゃ常識でしょう。ヤマモトサヤカを知らないのは恥ずかしい」
「そんなもん知ってても意味ない」
「いや、AKBのヤマモトサヤカを知らんのはいかんな」
まさか忠さんも、アイドル好き?
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2015年11月15日号の掲載情報です。
雑誌つり丸(マガジン・マガジン)を販売中!割引雑誌、プレゼント付雑誌、定期購読、バックナンバー、学割雑誌、シニア割雑誌などお得な雑誌情報満載!