ヒラソウダ(スズキ目サバ科ソウダガツオ属)の生態

北海道から琉球列島、東大東島、尖閣諸島までの日本列島全域。東太平洋をのぞく全世界の温帯域・熱帯域に生息している。
10年近く前のこと北海道の釧路漁港で見知らぬ魚が揚がったと魚屋さんから連絡があった。これがヒラソウダだった。まさか北海道にと思っていたら、最近の資料では日本海側でも太平洋側でも珍しいものではなくなったとある。それでも主に千葉県以南と富山湾以南に多い。
島根県や福井県、富山県で単に「かつお」というと本種のこと。富山県では少ないながらとれるカツオのことを「まんき」という。伊豆半島では「しぶわ」。
近縁種のマルソウダに似ているが、体の断面がやや左右に平たい点、鱗のある部分が第二背鰭に達しないことで区別できる。
ヒラソウダの値段は?
残念ながら鮮魚流通の世界ではほとんどお目にかかれない。主に産地周辺でのみ売り買いされているようだ。当然、味のよさも産地周辺と釣り師の方だけが知っている。希に築地場内や関東周辺の市場に並んでも1kgあたりで卸値500円~600円しかしない。ということで1尾1kg前後が卸値500円から600円ほどで買える。当たり前だけど鮮度は釣った方が数倍いい。
「ヒラソウダ」の寿司…うますぎて、気がついたら、丼の中は空だった

九月に小田原から来た魚のなかにヒラソウダが混じっていた。送られて来た中ではいちばん値段が安いものだが、いちばんありがたい。
刺身にすると、まだ身は赤く、脂はのっていなかったが、サバ科ならではの、強いうま味と酸味があって実にうまかった。意外に若い赤ワインに合うのもうれしい誤算だ。
翌朝、『市場寿司』に持ち込んだら、たかさん浮かぬ顔で「半身だけでいいよ」と突き放すように言う。
「なんだか機嫌悪いね」
「違うよ。ボストン入れたばかり」
「ボストン」とは標準和名のタイセイヨウクロマグロのこと。高度成長期に国内に輸入され始めたとき、有数の水揚げ港がボストンであったために、ベテランすし職人は「ボストン」と呼ぶ人が多い。
「へー。それにしてもご機嫌斜めだよね。どうしたの?」
隅っこに座っていた、常連さんが、
「最近、若い女の子が店に来ないって悩んでるようですよ」
「当たり前だよ。最近ちょっと老け込み過ぎ。孫とばっかり遊んでいるからじゃない。バカだねー」
たかさん、黙ってボクの前にヒラソウダの鉄火丼を出す。幼なじみだという常連さんには握りを出す。
鉄火丼にはみりんとしょうゆにくぐらせたものと、生そのままを半々に盛りつけている。薬味はねぎ、しょうが、みょうがで、これを箸で散らしてかき込んだら、後は記憶が途切れてなにも憶えていない。気がついたら、丼の中は空だった。
「キャヒッ、オイチ過ぎる」
「オヤジがキャヒッて言うな」
さて、九月の終わりに、今度はたかさんから「常連さんが、ソウダ持って来てるよ」とケータイがあった。
「相模湾で釣れたってよ」
この時期はマダイ釣りにも来るし、イナダなどを狙っていても来る。まな板の上にあるのは丸々と太っていて、脂がのっていそうだ。昼下がりで、すし飯がないというので、お刺身にしてもらって、ノンアルコールビールをプシュッとあける。
前回のものと比べると脂がある分甘味があって、脂のせいだろうか舌にねっとりとからみつくようだ。
「君の~♪~、名~と~~♪」
「古い歌だね、またなぜ?」
「知らないの『君の名は』。オレなんか泣いちゃって、泣いちゃって」
要約すると孫とアニメ映画『君の名は』を見に行って、非常に感動して泣けた。それでなぜだか六十年以上前の映画『君の名は』の主題歌が頭から離れなくなったようなのだ。
「新しい『君の名は』の主題歌は?」
歌えるわけないか……。
翌日、ご常連の釣り師ご本人と握りを食べながら釣り話をする。
「前は釣れるのがイヤだったんですけど、最近くるとうれしいです」
「食べると最高ですよね。また釣れたらお願いしますよ」
来るときには続けて来る。今度は島根県から二キロを超える大きなヒラがきた。こちらは脂が皮下に層になっていて、甘味は数段上だ。
「たかさん、不思議だね。これならクロマグロの大トロに負けないくらいに脂があるけど、九月はじめの方がよかった気がする。不思議」
「まあ、年のせいもあるだろうけど、魚は脂だけで味が決まるワケじゃない、ってことじゃない」
「たかさん、なんだか最近楽しそうだね。なんかあったの?」
「ぜ~んぜん、ぜん、ぜん♪」
「嘘つけ」
「ぜ~んぜん、ぜ~んぜん、ぜん♪」
「なんだ、そりゃ?」
ご常連のオカアサン曰く。
「これ、新しい方の『君の名は』なのよね。ぜんぜん違うけど」
還暦を遙かに超えていて、ここまで感化されやすいオヤジも珍しい。
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2016年11月15日号の掲載情報です。
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