握りにしたら、そのほどよい軟らかさとうま味で、超がつくほど、うまい。これぞ、「生きてきてよかった」という味だ

今期はヒラメが全国的に豊漁らしい。九州の釣り人から、なんと1キロ級のヒラメの干物が送られてきた。非常に美味しかった。これでいっぱいやっていたら、近所のうまいもん釣り師・浅やんから電話。
「あのさー、島倉千代子のカセット買ってくんない、若い頃の、〈りんどう峠〉が入ってるやつ」
自分で買えばいいだろう、と言うと、「最近レコード売ってるとこ、ないだろ」。「カセットだろ」、「そうだ」というので、ネットで〈りんどう峠〉の入っているCDを買い、カセットに録音してあげる。
今やレコードもカセットも歴史的な言葉に思える。そういえばそば店の大釜の側に立つ浅やんも、なんとなくレトロなオヤジではある。ついでに島倉千代子を聞いてみたら実にいい。〈恋しているんだもん〉などは名曲である。よさを知って初めて、お亡くなりになったことがとても残念に思えた。
島倉千代子のお礼が一キロ上の「そげ」となって、届く。浅やんの伝言に「今回は小さくて悪い」。
たかさんが、
「このサイズじゃ味ないだろ」
と出してきた裏側腹部分の刺身が非常にうまい。たかさんも一口食べて、驚きの表情を浮かべている。
さすがに食いしん坊のことはある。釣った後の処理がいい。しっかり締めて、尾の部分に切れ目を入れ、十二分に血抜きしている。まるで活けのような強い食感がある。
「明日の方がもっとうまいかもね」
翌日は八王子の市場に行けなかった。なぜか中一日で「そげ」はほとんど残っておらず、残りで一かん。
「食感はよくないけど、うま味は二倍くらいに感じるね。一かんだけじゃ寂しいくらいだよ」
考えてみると、ヒラメくらい市場でありきたりの魚もないだろう。特に「そげ」クラスは、ときに小山をなすがごときである。これは北海道、青森県から大量に入荷するためで、たかさんなどは「『そげ』を買うくらいなら、養殖がいい」という。
それが、浅やんがくれた外房のヒラメで「そげ」の価値を再発見することになった。「市場に並ぶ北国のものと、外房ものは別の魚らしい」などとたかさんが宣う。
「そげ」の味に目覚めて、買っては『市場寿司』に持ち込むが、どうしても外房のものには勝てない。それほど美味しくない。たかさんがときどき仕入れる養殖ものなど化学調味料が入っているのではないか、と疑いたくなるくらい味がくどい。
栃木に取材に出かけたり、都心での仕事が忙しくなって、一旬。
久々の市場で、たかさんの顔が懐かしく思える。「お茶」というと熱いお茶が出てきて、一息ついた。
朝ご飯にカッパ巻き二本。
たかさんが、疲れ顔のボクを見て、
「午後においで」
ということで出直して午後二時のカウンターに座ると、細長いビニール袋に包まれたものを取り出してきて、切りつけて刺身にする。
「ヒラメかな」
「そうだよ。そろそろ十日目かな。浅やんにもらったヤツ。マグロ屋の氷に埋めて置いたんだ」
これぞ今流行りの、熟成魚なのである。切りつけた身に、まだ透明感が残り、どこからみても十日以上前の「そげ」とは思えない。口に放り込んだら、実にうまい。なんとなく表面がとろけるように感じるのは、うま味成分のためかも知れない。
握りにしたら、そのほどよい軟らかさとうま味で、超がつくほどうまい。これぞ、「生きてきてよかった」という味だよな。間違いない。
感激一塩ではあったが、それがヒラメ・ラビリンスの入り口だったとは、だれも思いもしなかったのだ。
ヒラメ(カレイ目ヒラメ亜目ヒラメ科ヒラメ属)

北海道から南シナ海までの砂地に生息している。体長1メートルを超えるヒラメ科でも最大級の魚。
標準和名のヒラメは東京での呼び名。古くは多くの地方で、ヒラメとカレイの区別はなかった。特に関西ではそれが顕著でヒラメを「大口がれい」とか、「大がれい」といい、「あまがれい」と呼ばれていたマコガレイと区別していた。ほかにも「本がれい」、「かれい」、「ばばがれい」など、呼び名としては「かれい」がつく地域の方が圧倒的に多い。青森県とヒラメの漁獲量で常にトップを競っている北海道では「てっくい」という。
関東では出世魚で成長とともに呼び名が替わる。1キロ以下を「そげ」、2キロくらいまでを「大そげ」、それ以上を「ひらめ」という。値段も出世するほどに高くなり、やはり「そげ」は安い。いちばん高いのが3キロから4キロ級まで、このクラスの、関東の近海ものだとキロあたり3000円以上。上物は4000円を超える。11月初旬千葉県産の3キロは、キロあたり4000円で1尾12000円だった。これが8キロを超えると逆に安くなるから不思議。ヒラメは大きくなっても大味にならない。
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2013年12月15日号の掲載情報です。
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