アイナメ(カサゴ目アイナメ科アイナメ属)の生態

日本各地、朝鮮半島や黄海などの浅い岩礁域に生息する。産卵期は北海道では早くて9月から11月。関東では主に冬。雄が岩の間のくぼみに縄張りを持ち、雌に求愛行動をして産卵。産卵後雄は卵を保護する。今時のイクメンの元祖ともいえそうな魚、人類の雄も見習いたいものですなー。
アイナメというのは東京での呼び名。田中茂穂は漢字で「相嘗」としているがなんとなく意味深でHな感じ。アユと同じように縄張りを持つからとして「鮎並」の方がうまそうに思う。北海道ではアブラコ、アブラッコ、西日本でもアブラメで、ともに漢字で書くと「油っ魚」、「油魚」で表面が油を塗ったようにぬらぬらだからだ。山形県では岩場に始終いるのでシジュウ。
アイナメの値段は?
地味な魚なので安いかと思うとあにはからんや、立派な高級魚である。活け締め、活魚は、目が飛び出すほど高いことがある。しかも年間を通して、ずーっと値がいいのも特徴的。釣り師のいうビール瓶サイズの活け締めでキロあたり2000円から3000円。活魚ならもっとするわけで、1キロ前後で築地場内なら3000円は確実にする。そして釣り師あこがれの一升瓶サイズだが、残念ながら一定の評価はない。
「アイナメ」の寿司…触っただけで、脂が乗っているのがわかる

肌寒い朝、『市場寿司 たか』に顔を出すと、たかさんが店の前で暇そうに、ぼんやりしている。「この店も、そう長くないな」なんて思いながら声をかけたら、「あのさ、お客さんが釣ったアイナメとヒラメくれたよ」と、ぼそっと言う。
「アイナメすごくいいよ」
こちらは慌ただしいので聞き流して市場巡り。そろそろ師走。仲卸の店先でアンコウを吊し切りにしている。八百屋には金時にんじんが並び、米屋には鏡餅が山に。
「今年も残り少ないな」
『市場寿司』にもどると、まないたに釣り物のアイナメとヒラメがある。
「たかさん、そのアイナメ、たぶんヒラメ釣りの外道だね」
「ヒラメっていってもソゲだよね。どう見てもアイナメの方が立派。それでも外道なの?」
「ヒラメ釣りにくるアイナメは大きいんだよ。最低でもそこにあるビール瓶サイズ。瓶は一本、二本と数えるからポン級とも言う。ときどき超大物の一升瓶てのもくるんだ」
しばし待って出てきたビール瓶サイズがうまかった。見た目は平凡だが、身にふくらみがある。
「触っただけで、脂が乗っているのがわかったんだ。ほんのり甘いのは脂だよな。アイナメは夏のもんだと思ってたけど、間違いかもね」
もう一かん、こんどはゆずをしぼって、粗塩が添えられてきた。季節感があって、小粋だ。ゆずの香りと、酸味がアイナメに絶妙に合う。
「関東では晩秋から産卵が始まり、冬が産卵の最盛期だったと思う。この時期、雄は婚姻色で黄色くなり、これを渡りと言う。大釣りできる時期だし、産卵前で脂もそこそこにあるんだね。うま味も豊かだ」
「俳句が浮かびそうな話だね」
「釣り師さんにお礼を言ってね」
師走となった。不景気とはいえ市場はそれなりに慌ただしげだ。人出も多い。たかさんの仕入れにつきあって市場を歩いていたら、
「あのさ、アイナメの大きいヤツ、一升瓶だったよね?」
「そう、大きさが一升瓶くらいってことだからね」
「じゃあ、重さだと一・八キロ以上となるのかな?」
「そうだね。一升瓶だから、瓶の重さを足すと二キロ以上ってことじゃない。すごく大きいってこと」
「じゃあ、あれ絶対に一升瓶だ」
たかさんが小走りになった。ついて行くと、仲卸の店先に、巨大なアイナメがごろりと転がっている。二・二キロもあり、活け締めだけど一キロ千円で非常に安い。店主曰く、「活魚なら、この三分の一サイズでも二千円以上だよ」というので思わず買う。下ろすと、釣り針が見つかり、その奥からドロリと巨大な卵がこぼれ出てきた。産卵期の早い北海道産なので、出産直前だ。
「この時期の北海道は安いんだ」
さて、昼下がりの閉店直前に出直して、一升瓶の握りを二かん。
「むむむ、むむむ。うまい。けどこの前のビール瓶の方が上、だね」
そろそろ帰ろうかというとき、半下げのシャッターをくぐってスナックに出勤途中の、ご近所の陽子ちゃんがご来店。たかさん、すかさず冷蔵庫から出したものを、あぶり、一升瓶の刺身にビールとともに出す。よく見るとアイナメの皮を軽く干したもの。陽子ちゃんが「おいしい! おいしいわ」というので。
「たかさん、こっちにもくれ」
「だーめ。これ陽子ちゃんだーけ」
不愉快なので一升瓶の刺身で昼まっからビール。これがまたうまい! たかさん、陽子ちゃんに、「ボクも一緒に出勤したいなー」なん言って煙たがられ、暫し沈黙……、
「アイナメは一升瓶よりビール瓶」
これ絶対に俳句じゃないぞ。
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2013年1月1日号の掲載情報です。
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