ムロアジ(スズキ目アジ科ムロアジ属)の生態

日本海では秋田県以南、太平洋では北海道以南に生息している。日本以外にもハワイやオーストラリアなどを回遊する生息域の広い魚である。
元禄時代に出た人見必大の『本朝食鑑』にムロアジの「むろ」は播州(兵庫県)室津でたくさんとれたため、とある。だが、瀬戸内海に本種はめったに姿を見せない。この「むろ」は和歌山県の「牟婁」、すなわち和歌山県最南端の地域のことだろう。一般にムロアジは干ものや節などの加工品原料になることが多い。でもこの「牟婁」すなわち紀伊半島の和歌山県、三重県にまたがる地域では盛んに鮮魚として食べている。煮ても焼いても、うまい魚なのを熟知しているのだ。なかでも刺身は秋から冬を代表する味覚だ。
ムロアジの値段は?
残念なことに関東にはほとんどやってこない。外房、相模湾、駿河湾などでも水揚げがあるが、ほんの一部が鮮魚として出回るだけ。長年築地などで魚を見ているが、1、2回しか見ていない。しかも値段がつかない模様であった。
「ムロアジ」の寿司…こーんなにうまいのに、どうして安いんだろ

十一月初め三重県尾鷲市からムロアジが届いた。ちょうど食べたい、と思っていたところなので、喜ぶべきなのだが、残念なことにボクは福井の旅に出るところだった。
これを逆に喜んだ人間がいる。届いたばかりの発泡の箱を取りに来て「いい旅を」なんてニコニコ顔で帰って行く。「だれだ? その男は」というと、何を隠そう、『市場寿司 たか』の渡辺隆之さんであった。
後ろ髪引かれながらの福井の旅は、そんな憂さを吹き飛ばすほど楽しかったし、収穫の多い旅であった。が、一週間ぶりにのれんをくぐった途端、激うまであった越前ガニの記憶が遠のいて、ムロアジのことを思い出した。ボクの顔を見た途端、
「またムロアジ来ないかな?」
普段から、ふにゃふにゃしたにやけ顔であるが、この日は余計にふにゃけて見えた。ちょうどカウンターにご近所の釣り師の方がいて、
「ムロアジって、あの大物釣りなんかのエサのこと」
と言うのを受けて、たかさん熱く語る、語る。「ムロアジがいかにうまいか」とか、「エサにするのはいかにもったいないか」とか。それにしても人間は変わるものである。
それは五年近く前のこと。ボクが平塚の定置網に入ったムロアジを持ち込んだら、「こりゃすしネタにならねー」だとか、「干ものの魚だろ、すし屋に持ってくるな」なんてけんもほろろだったのである。
それが一度口に入れた途端「ムロアジ大明神」とか「ムロアジ将軍」とか「神様仏様、ムロアジ様」とか、昔から大好きだったごとく言い始めた。まことふにゃけた男だ。
「この時季のはですね、すし飯になじみやすい軟らかさで、口に入れると皮下の脂がポワっととろけて、甘い。それと甘いだけじゃなく、すし飯に負けないうまさがあるのもいい。すしネタの鑑ってヤツですね」
まあこんな、ふにゃけた男の説明を聞いただけでも、ムロアジが食べたくなるのだから、不思議だ。
相模湾小田原あたりでとれているのではないかと思って聞くと「もう少し待って」。外房もダメ。我が故郷徳島県でもとれていない。仕方がないので、日本で唯一ひとりだけ、できるだけ漁港で水揚げを見てから登庁するという、魚好きの尾鷲市長に聞いてもないという。
「なんで、ムロアジって市場で売ってないのかね?」
「それは値段がつかないからさ」
「こーんなにうまいのに、どうして安いんだろうね」
「そりゃ、関東の人から〝くさや〟の原料とか、〝釣りのエサ〟だと思われているせいだね」
そして待つこと一週間ほどで尾鷲からムロアジの第二便が届いた。
これを肴に『市場寿司』で昼酒をやる。仕事明けの昼酒もうまいけど、とろっと、とろけるほど脂ののったムロアジがうますぎる。
「人も魚も脂がのった方がいい」
「限度があるけどね」
翌日はムロアジの握りで朝ご飯にする。時季の握りは超がつくほどうまい。わさびもいいし、しょうがとねぎもいい、すだち塩もいい。
ちょうど居合わせた山梨から来たという、うら若き女性客からも「おいしい」の声が上がる。「どんな魚なんですか?」と聞かれたので、
「一般のアジとは別系統の魚なんです。関東ではあまり食べられていなくて、主に西日本の魚ですね。鮮魚でも食べますが、開き干しになったり、うどんつゆに使われるアジ節の原料としても有名なんです」
「へー、詳しいんですね。頭いい」
たかさん、手を左右に振りながら、
「頭はそんなによくないのよ。オレといい勝負ですから」
「まさかー、そんなことはない」
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2014年12月15日号の掲載情報です。
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