そんなに強いうまさじゃない。口に入れた時は平凡なのに、食べた全体の味がいいって言うのかな、表現に困るけど、とにかくうまい

十二月になり被災地に行ったり、栃木県へ魚食文化を見に行くなど、相も変わらず、慌ただしい日が続いている。そろそろ年の瀬だし、なにかめでたいことは、ないのだろうか? などと考えていたら、親友から初孫誕生の便りがあり、我がスタッフから婚約の報告があるなど、突然、ボクの周りが寿だらけになってきた。しかも師走の慌ただしさのなか、つまむすしダネが「明石鯛」なのである。おいしくて、めでたさもここに極まれり、なのである。
残りわずかなのを見て「全部つまんでやろう」と思ったそのとき、店の隅から、「残りのタイ全部くれい」と声がかかる。
声の主は、握るそばから、つまみ、つむじ風のように店を出て行く。居合わせた、ご夫婦から、「あれは、若い衆さん?」と聞かれ、たかさん、
「いやいや、女ですよ。性別は」
「元気な娘さんだね」
「いや、娘さんでもない」
あぶったヒラメの皮を握り、「口直しのどうぞ」と話題を変える。
さて、師走になり、相模湾や島根県からもタイが送られて来た。その上、たかさんが市場で仕入れたタイもあって、気分的には「もういくつ寝るとお正月」なのである。
東西南北、マダイの大は二キロ級から小は二百グラムまで、いろいろ食べて、比べてみるに、現在の一位は明石鯛、二位は佐島、三位は駿河湾沼津となった。ただし十二月最初に食べたのが沼津のマダイで、次が佐島、そして明石と、そのつどおいしさに大満足していたのだから、それほど味に差はないようである。
さて、今年も残り少なくなった底冷えのするある朝、『市場寿司』の前に白いライトバンが止まった。「やー」とたかさんが手を振り、車から大型クーラーを出しながら、おとなしそうな男性が手を上げる。
「また釣ってきたの」
車の脇のクーラーは、マダイにハナダイ、ヒラメにウマヅラハギなどでいっぱいだ。その大方を残して、ライトバンはさーっと去って行く。
「誰?」
「近所に住んでる会社員。実家が(茨城県)日立にあって毎週のように帰って、ついでに釣りをしてるみたい。いつもこれくらいだから、うまいんだろうね、釣り」
翌日の朝、久しぶりに『市場寿司』で朝ご飯を食べようと、のれんをくぐると、カウンターの隅っこに行儀良く座っている男性がいて、たかさんが「こちら昨日魚持って来てくれた村さん」と紹介してくれる。
「ぼうずコンニャクさんでしょ」
いつもこの連載を読んでくれているとのこと。たかさんがゲタに春日子、チダイのあぶり、マダイをのせて出してくれる。
「全部村さんが釣ったので右からハナダイの小さいやつ、ちょっと大きいの、タイの一キロくらいの」
酢じめ(春日子)も、あぶりもおいしいが、実はマダイが群を抜いてうまい。このサイズにしてはうま味があるし、食感が心地よい。
「たかさん、これ、表現するのが難しいけど、うまいね」
「そうだろ、うまいよな。そんなに強いうまさじゃなくて、口に入れたときは平凡なのに、食べた全体の味がいいって言うのかな、表現に困るけど、とにかくうまいよね」
そこに若い衆でも、娘さんでもない食品店経営のミキちゃんが来て、
「おいらにもおくれ」
ボクと同じセットを数十秒で食べて、眉間に深い皺を寄せて、
「今日のがチャンピオンかな」
ドスのきいたコメントを吐くや、あっという間に去って行った。
その後ろ姿を見て、村さんが、
「かわいい!」
「かわいくは、ないと思うな」
マダイ(スズキ目スズキ亜目タイ科マダイ属)

古くは北海道南部から九州とされた生息域が、北海道全沿岸・オホーツク海でも見られるようになっている。これは明らかに日本全海域で水温が上がっているせいだ。
江戸時代以前は魚の王はコイであって、タイはそれに準じるものであったが、漁法などの発達から地位を逆転させた。今では祝い事、祭りなどに欠かすことのできない魚となっており、京都の「にらみ鯛」などのように、正月飾り、縁起物となっている。すなわち、現在では左右に「平たいから鯛」ではなく、「めでたいから鯛」とハレの日の象徴となっているのだ。ちなみに近年正月につきものの七福神巡り。なかでも恵比寿が釣り上げているのがマダイである。
さて、師走も数え日になったら、マダイの値がぐーんと跳ね上がる。大は常にも増して、小は大幅に高値になる。これはやはり、新年を鯛の尾頭付きで迎えたいという、日本人ならではの願望からだろう。この時期、1キロ弱のサイズでも1キロあたり2000円から3000円。小は200グラムから300グラムでも1キロあたり1800円はする。今回の主役1キロぎりで1尾約3000円ほど。これが新年早々3枚も来たら、幸先のいい出だしとなるだろう。
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2014年1月15日号の掲載情報です。
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