ビンナガマグロ(スズキ目サバ科マグロ属)の生態

世界中の温帯域から亜熱帯域の、沖合いを回遊している。
国内では対馬以東の日本海にはほとんどいない。
ビンナガは東京など日本各地での呼び名。
「びんちょう」、「とんぼ」とも呼ばれている。沖縄では「羽鮪(はにしび)」だ
本種は四国の鮮魚売場でよく見かける魚だ。考えてみると九州鹿児島・宮崎県でも同じである。
紀伊半島でも丸のまま1本でスーパーで売られていたりする。
じっくり過去のデータを見ると静岡までは近海で揚がった鮮魚を見ている。
それが神奈川、東京、千葉では近海ものの鮮魚をあまり見かけないのは、黒潮本流から遠いためかも知れない。
毎年、三重県や高知県の釣り人から送ってもらうが、相模湾で揚がるマグロと言えばキハダ、メバチ、クロマグロではないか。
今回主役に選ぶにあたって、相模湾で釣れるかどうかが心配でならない。
ビンナガマグロの値段は?
流通する国産マグロを値段の高い順に並べるとクロマグロ、メバチマグロ、キハダマグロ、コシナガマグロ、ビンナガなので本種がいちばん安い。
流通しても1㎏あたり卸値で700円前後、今回の主役3㎏で2100円だ。
食べ味も釣り味もいい魚なので市場価格で判断してはいけない。
ビンナガマグロの寿司…ビンナガのづけ茶漬け。うまい!

学生時代、毎日のように酒を飲んでいた友人が、唐突に電話をくれた。
「ヘン、生きとるか?」
ちなみに学生時代の友人の中でも、ボクをヘンと呼ぶのは数人しかいない。
「おお、トラか?」。
卒業以来一度も会っていないのに、四十年以上の時間が一瞬で消え失せた。
「テレビ見たよ、釣れなかったね」とはかなり前に出た番組のはず。
住所を教えろよ、というので教えたら、数日後、ボクの留守中に巨大な荷物がきた。
受け取ったのは、『市場寿司 たか』の、たかさんである。
「魚が来てるよ。三重県のIさんからで、箱に『ヘン元気か?息子がトンジグで釣った魚だ。すしで食べてくれ。トラ』で中身はね……」
電話でのやりとりの後に、東京に出張した息子さんに『つり丸』を買って来てもらったらしい。
帰宅は翌々日だったので、さすがに生で食べるのは無理だった。
丼にづけを無造作に乗せて、ねぎとショウガで昼ご飯にかき込んだ。
普通に、実にさりげなく「うまし!」。
「たかさん、卒業以来なんだ、コイツとはさ。懐かしすぎて泣けてくるよ。同級生っていいね」
さほど脂があるとは言い難い。あっさりして、ほんの少し酸味があり、ほどほどにうまい。
翌朝、市場の釣り名人クマゴロウに、「トンジグってなあに?」
「ああ、それ豚の焼肉の一種だね」
「あれ、知らないんだ」
調べたら「とんぼ」、すなわちビンナガマグロ+ジギングだった。
ボクもクマゴロウも流行りについていけないので、アジングとか、このトンジグとか、まったくわからない。
さて、今季、紀伊半島では「とんぼ」の大釣りが続いているようだ。
志摩市の魚屋さんからも「自分が釣ったヤツです」といって、カツオ混じりでいただいた。
意外に江戸前の、古くさいすし職人、たかさんは本種を手放しで喜ばない。
本マグロとの使い分けが難しいようなのだ。
お客に「トンボ取り今日はどこへ行ったやら」なんていいながら、本種の説明をしている。
大阪の市場人によると、本種を「とんぼ」というのは胸鰭をトンボの羽に見立てたのもあるし、小型のマグロなので「おとんぼ」、すなわち、末っ子という意味もあるという。
ボク一人で三キロ級をまるまる三本食べても飽きが来ない。
この鬢(胸鰭)の長いマグロは缶詰にもなるし、節(マグロ節)にもなるくらいだから安い。
でも黒潮洗う、宮崎や四国、紀伊半島などには本種が好きという人が多いのである。
クロマグロの重い、どっしりした味に比べて、あっさりしているので箸が止まらなくなる。
ボクなど、ときどき本種の刺身が食べたくなる。
さてその日、本種の握りをつまみ、ついでに鉄火巻き三本をぺろりと食べて昼ご飯にした。
その上、夕食用に丼にすし飯、タッパーに本種のづけ、ネギのセットを作ってもらった。
実はこの日の朝は本種のづけ茶漬けだった。
なんと三食全部がトンジグの「とんぼ」だったことになる。
考えてみると相模湾や千葉で釣れるマグロと言えばキハダやメバチ、クロマグロだけど、トンジグで「とんぼ」は聞いたことがない。
四月半ばの昼下がり、上京してきたトラを連れ『市場寿司』に立ち寄ったら店仕舞い中だった。
持参した酒を勝手に飲み飲み昔話にふける。
たかさんがにやにや聞きながら、「あの、なぜトラなんですか」
「そりゃ阪神ファンだからです」
「なぜ、ヘンなの?」
「コイツ、酔っ払った顔が法医学の教科書の変死体に似てて……」
そんなことはともかく、離れていても、きっとまた会える。
それが友達ってものなのだなー。
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2022年5月15日号の掲載記事です。
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