サヨリ(ダツ目サヨリ科サヨリ属)の生態

琉球列島をのぞく日本全国の沿岸域に生息。海の表層を昆虫や小型の甲殻類を求めて狭い海域を回遊。くちばし状に伸びているのは下あごで、受け口になっていて、これでエサをすくい取りながらと泳ぐ。
産卵期は春なので、旬は秋から春。千葉県内房の二艘びき網漁は関東で春の風物詩とされ、春の季語でもある。江戸前のすしだけではなく、春らしい積み菜の吸いものなどにも使われる江戸時代からの上物。いいことばかり書いてきたが、築地など市場で「サヨリのような人」は腹の中が黒いことから「腹黒い人」の意味になる。
地方名は同じダツ目のサンマと同じ、「さいら」、「さいれ」であることが多く、まことに紛らわしい。古く和歌山ではサンマのことを「さより」と呼んでいたとも。
春になると日本全国からどっと関東に送られてくる。近海で揚がったものが高く、関東では内房のものが人気。
サヨリの値段は?
高級魚で、大きいほど値が張る。小さいものでキロあたり1500円前後、大きいと5000円前後はする。全長40センチクラスの「かんぬき」と呼ばれるもので重さ150〜200グラムくらい。1尾で750〜1000円はする。舌で春を感じるためにはお金がかかるのだ。
「サヨリ」の寿司…程良い苦みと濃厚なうま味。言葉が出ない程うまい

春のような温かい日があるかと思うと、真っ黒な関東ローム層の近所の畑から霜柱がにょきにょきという日もある。まだまだ四寒三温といった感じである。寒い!
久しぶりに都心のホテルに泊まり、翌朝、築地場内を歩いていると、釣り好きの店主につかまり、「相模湾のオニカサゴがよかった」とか、「そろそろ沖縄へ大物釣りに行きたいね」なんて立ち話。
そこで見つけたのが三キロのメヌケで、鍋にでもするかと一尾一万円にて買う。釣り番組などでメヌケ類のオオサガやアコウがポコポコ六つ、七つと浮き上がってくる光景を見るが、あのひとつひとつが一万円と考えるとすごい。
さて、メヌケの半身を『市場寿司』に持ち込み、握りにしてもらうのはいつものこと。そして何度食べてもメヌケの握りは味しい。「メヌケって本当に美味しいですね」と言うお客の反応に、ボクが「魚がいいからね」というと、「握った人も名人ですから」とたかさん。
つけ場からこちらを見ている、たかさんの顔つきがどことなく変。
「何……?」
「あのねー、どんなにいい魚だって、腕の悪い職人が握ったらまずいの」
「それで……?」
「魚だけ、ほめないで」
と、ネタケースから本日のおすすめサヨリを握ってくれる。昔は、この時期になると外房勝浦に釣りに行っていたので、魚屋(仲卸)のサヨリを食べるのは忸怩たる思いがする。考えてみると、釣りをする友人達と一緒に昔はよく外房だとか、伊豆だとかに磯釣りに行っていたものだ。それが今や、その全員が船釣り師なのだから年を取るのは嫌だ、ねー。
端っこにいるお客が、
「こっちにも吉永サヨリちゃん」
この「吉永サヨリちゃん」と言うのもオーバーフィフティーズだけ。よく見ると、奥に正月明けにアマダイをくれた波さんが座っている。
香川産だというサヨリにはほどよい苦みと、濃厚なうま味があって、言葉が出ないくらいにうまい。
「たかさん、いいサヨリちゃんだ」
「ネタじゃなくて、腕がいいの」
「じゃあ、腕を生かして、昔流で」
「あいよ」と切りつけて、みりんと酢を合わせたのにくぐらせて、さらしで水分を切り、握る。
「ああ、こっちもいいね。うまいね。味が作り込まれている、そんな感じ。握り全体のバランスがいい」
そこに八王子一の長老すし職人・忠さんが入ってきて、
「少しつまみてーからやってくれ」
これからワカサギ釣りに行くのだという忠さんに、たかさん「サヨリとメヌケがありますけど」。
「メヌケはだめ、昔おぼろ作るのにいやんなるくれー使った。安い魚でな、ろくなおぼろができねー」
「メヌケでおぼろですか」
それを聞いていた、たかさん、サヨリの片身をまな板にのせて、とんとんとたたき、くるくると回して、その両側のくるくる渦巻きにおぼろを
のせた。「はいよ!」と置かれた握りがまことにきれい、
「よ、名人」
「ほうほう、これは〝わらび〟という造りの変形だね。やるなー」
忠さんにほめられてうれしそうな、たかさん、さすがは職人歴四十年以上だ。このあまいおぼろがのった握りが、またおもしろい味である。見た目が春らしいのもいい。
「これでおぼろが自家製なら、もっとほめてやるけどな」
「正月のちらし用に仕入れたのじゃ、名人とは言えないですよね」
「わしも還暦まではサヨリ釣りに行ってたなー。これ船で釣れるといい。そしたら絶対に行きてーな」
全員、「そうですね」
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2014年3月1日号の掲載情報です。
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