イナダ(スズキ目アジ科ブリ属)の生態

北海道全沿岸から九州南岸までの日本列島周辺に生息する。産卵場は房総半島・能登半島以南。九州、四国では寒い時期に大量に大形の産卵回遊中のブリが揚がる。
出世魚として有名で、高知県では冬に産卵・孵化後の5㎝前後を「もじゃっこ」、少し成長したものが「もじゃこ」、12~20cmが「わかなご」、30~40㎝が「はまち」、40~50㎝が「めじろ」、60㎝以上が「ぶり」、80㎝以上が「おおうお」という。相模湾など関東では「もじゃこ」クラスは少なく、20~30㎝ほどを「わかし」、30~40㎝くらいを「いなだ」、50~60㎝くらいを「わらさ」、60㎝以上を「ぶり」というが大きさの基準はやや曖昧である。
流通上も釣りの世界でももっともなじみ深いのが「いなだ」だろう。関東でのマダイ釣りでもうれしい獲物のひとつだ。一般にこの「いなだ」クラスから流通に乗る。
イナダの値段は?
太平洋側で安く、日本海側で高い。ということで関東ではとても安く、高値で1㎏あたり800円前後、安いと500円前後しかしない。イナダの平均サイズの700g前後で1尾税抜き560円ほど。まあ魚の価値は値段で決まるわけではない、釣り味で決まるのだと考えるべし。
イナダの釣行レポート
ここ数年、剣崎沖の青物(イナダ&ワラサ)は7月中旬〜8月前半に本格化しているが、今シーズンはさらに早まった。6月に入って剣崎沖を狙う多くのマダイ船で、ポツポツとイナダ、ワラサ、さらにはヒラマサがまじりだした。そして6月後半になると、これらの青物が一気に上向き傾向。トップ20本以上を記録する船も出て、ついに本格化した。
今年は6月後半ぐらいから、まとまって釣れ出した剣崎沖のワラサ&イナダ。その後は右肩上がりで釣果が伸び、7月中旬すぎ以降は連日のように爆釣が続いた。トップ20本以上は珍しくなく、30本台、40本台を記録する船も出るほど。しかも、これらの釣果の多くが「釣れすぎ早揚がり」という状況で記録されているから驚きだ。
「イナダ」の寿司…味があるから、タレはいらない。ワサビ醤油で十分

ある夜、都心で大酒を飲んでいたら、たかさんからケータイがきた、
「あのさ、お魚教室の人がさ、イナダくれるってさ」
ちなみに「お魚教室」というのは、たかさんがご近所のオヤジさん達に魚の下ろし方を教えているだけの、「教室」とは名ばかりの会だ。
「イナダ。今忙しいんだからそんなつまんないことで電話しないでよ」
その夜は酎ハイボールと熱燗、白ワインまでクイクイ飲んだせいで、都心のホテルでダウンした。
翌々日『市場寿司』ののれんをくぐったら、たかさんが実に不機嫌そうな顔でお茶を出してきた。
「この前、気分悪かったんだけど」
「なんのこと」
そのとき酒席でのことはまったく憶えていなかったのだ。
市場を一回り。めぼしい魚がないのを確認してもどってきたら、市場人の若夫婦がカウンターに並んでいる。妻は普通の並ちらし、夫は超特大丼を持参して、いつもながらに掟破りのすし飯三人前、上に分厚い刺身を並べた「特ちらし」だ。
「それなーに?」
「せっかく釣って持って来てくれたのに、誰かさんがつまらないと言ったイナダだよ」
妻がイクラを一粒ずつ行儀よく食べている。その脇で夫は、しょうゆにわさびを溶かして、ざーっと丼にかけ、暫し奈良の大仏さんのように動きを止めた。その間、三分ほどだろうか。おもむろにブリのように太い腕で丼を抱え込むように、わしわしとかき込み始める。丼の中身が半分になるのに一分とかからない。
無言で大丼をたかさんに手渡すと、たかさんも無言で分厚いイナダの刺身をまたのせる。その間にしょうゆ皿に若妻がチューブから何かを絞り出して、しょうゆに溶かしている。それを夫が丼に回しかけるや、瞬く間に丼の中身が消えてしまった。たかさんが「若いって…♪ 素晴らしいね!」なんてうなる。
「そのチューブなーに?」
妻が見せてくれたのは「すり下ろしにんにく」だった。確かに若いって素晴らしい気がしてきた。
妻が二十分近くかけて「ちらし」を食べるのを、大男がじっと待っているのもなんだかいい感じだ。
この丼が無闇にうまそうに思えて、市場の道具店でボク専用の塗り椀を借り、たかさんに
「ボクもイナダ丼。腹の部分を薄造りで美しく作ってね」
「イナダなんて、つまんないんじゃなかったっけ」
出てきた「いなだ丼」が実に美しい。わさびを溶かし込んだしょうゆをかけて、かき込んだら言葉にならないくらいにうまい。
「たかさん、イナダってこんなにうまかったっけねー」
「うまいだろ。イナダは味があるっていうかな。特別、たれを作んなくても、わさびじょうゆで十分うまい。オレは握りより刺身ちらしに向いていると思う。問題はこのうまさを知らない人が多いってことかな」。
「刺身ちらし」とは、古くちらしずしは煮たり、焼いたりしたものをのせるものだったのが、戦後生のすしネタをのせるようになって出来た言葉だ。手抜きの意味もあるが、今どきはこちらの方の人気が高い。
イナダの腹身はシコシコした食感が心地よく、うま味・甘味が豊かで箸が進んでこまるほどだ。
ボクが食べているのを見て、カウンターにいたお客が「あれください」といいながら、「よくそんな小さなお椀で足りますね」と聞く。
「ボク小食なんです」
「なーに言ってんだか。今日はかっぱ巻きと玉子巻き二本ずつ。食堂でかた焼きそばも食べてますから」
「言わぬが花だろう」
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2016年3月1日号の掲載情報です。
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