クロマグロ(スズキ目サバ亜目サバ科マグロ属)の生態

日本近海。太平洋北部、全世界の温帯域を回遊しているが、北半球に多く、南半球には少ない。マグロ類には、ほかにビンナガマグロ、キハダマグロ、メバチマグロなどがあるが、クロマグロは胸びれがもっとも短く、もっとも大きくなり、魚類中もっとも早く泳ぐとも。寿命はだいたい20年ほどで、体長3メートル400キロに達する。
西日本では、生まれたばかりの手のひらサイズを新子、関東では当歳魚の30センチ前後までをカキノタネ、それ以上をメジ(マグロ)などという。重さ20キロ、体長1メートルを超えると市場では大物といい、マグロ類専用の競り場で扱われる。
ホンマグロの値段は?
大きさ、早さだけではなく、値段の方も魚類中では一番。2012年の初競りではご祝儀相場とはいえ、1キロあたり21万円、1本でなんと5649万円なんて豪邸が建ちそうな値段をつけた。もちろんこれは初競りの一番、すなわちその日いちばんいいマグロの値段。平均すると上物のマグロで1キロあたり1万円前後。今回登場する20キロから50キロクラスだとキロあたり卸値で2000円から3000円というところ。それでも20キロ1本で4万円から6万円だと、釣った方がお得だよ!

クロマグロ1本200円!持ってけドロボウ!!
さて大型は1kgあたり卸値1万円以上するが、小さくなるほど値が下がる。
3㎏以下だと非常に安く、今回の全長25cm、重さ300gくらいだと1㎏あたり卸値600円前後1尾卸値200円くらいにしかならない。
「クロマグロ」の寿司…後味良し。舌に残らず、うまい記憶だけが続く

梅雨が去ったと思ったら台風が来て、九州では大雨による被害が甚だしい。夏本番になったばかりなのに日本列島は大丈夫だろうか?
「異常気象だって騒いじゃいるが、本当は杉の植えすぎだよ。間伐しないからモヤシのようなのがニョロニョロ、山が荒れてるのが原因さ。人災だと思うなオレは」
「市場寿司」でうまい赤身を食べていると、納め専門の(店売りをしていない)鮮魚店をやっているIさんが珍しく真顔で話す。この人、多摩地区屈指の渓流釣り師。いつも大雨の被害などがあると山の荒廃について語る。確かに年々歳々大雨の被害が甚大化している。
こんなことを考えながらも、頭の方は「なぜ、こんなにうまいんだろう、この赤身」という疑問に覆い尽くされている。
「たかさん、このマグロ、どこの?」
「ははん? わかる? これオレが持ってきたやつ。うめーだろ」
「そう、こいつ(Iさんは)築地だけじゃなく小田原とか沼津にも仕入れに行くから、おもしろいもの持ってくるんだ。これ相模湾で獲れたやつだって」
「夏のマグロは猫またぎなんて言うやついるけど、そんなことねーよ。相模湾で上がるのは二十キロから大きくても五十キロくらいが多いけど、味はピカイチ。オレなんざー、マグロの赤身のうまさは相模湾もので知ったんだかんね」
「値段からしてうち(市場寿司)向きだしね」
「去年の今頃、伊豆でマグロを釣りに出たんだ、魚屋仲間とさ。初めてなのに全員一本ずつ釣れてさ、ホントにうれしかったね」
二かん、三かんとつまんでも、まだ食べ飽きない。赤身のうまさはさわやかな酸味と、魚らしいうま味にあるのだろう。特に、酸味のせいか後味がいい、舌に残らないで、うまい記憶だけが消えないで続く。
たかさんが一切れ口に放り込み
「これは明日の方がもっとうまいかもよ。今日は酸味にも、うま味にも落ち着きがないというか、味の座りがよくない。後は明日、だね」
この日はあまりにもうまい赤身の記憶と食べ足りなさで、仕事がはかどらないこと甚だしかった。
翌日は砂刷り(腹の部分の脂のあるところ)と赤身をつまんだが、やはり赤身の味わいがダントツによかった。赤身はすし飯との相性も抜群にいい。
「刺身よりも握りの方がうまい!」
昨日よりも数段上の味わいに、完全にノックアウトされて、朝ご飯も遅い昼ご飯も赤身の握りで通した。うまいものは飽食しろ! なのだ。
「たかさん、また仕入れてね」
さて、ある日の午後、Iさんの保冷車が『市場寿司』の前に止まる。見事な相模湾マグロを見ていたら、多摩川縁にすし店を構えるゲンさんがマグロを受け取りに来た。ゲンさんの「ゲン」は漫画ルパン三世の次元大介に似ているため(?)だという。すなわちIさん、ゲンさん、たかさんは幼なじみなのである。
店じまいした店内でお茶を飲む、茶菓子代わりが相模湾マグロの塩漬け。軽く焼いたのが実にうまい。
「こんなのが釣れたらうれしいだろうね」。「うんうん」とゲンさんがうなづく。
「ゲンさん、釣ったことあるの?」、「あるさ」。
「オレたちの中で釣りしないのは、たかだけ」
「三人とも団塊の世代なのに若いよね。髪は黒々ふさふさだし、太ってないし」
「ひとり老けてるやつがいるけどね。見せてやろうか? 脱帽」
帽子(髪)を取った人がひとり。そこにはハエも止まれません!
以上の記事は「つり丸」2012年8月15日号の掲載情報です。
「クロマグロ」の寿司➁…うまい!小さくたってクロマグロだ!!

ある昼下がり、久しぶりに『市場寿司』ののれんをくぐったら、たかさん、うんともすんとも言わない。
「まだ怒っているのかな?」
たかさんのご機嫌斜めは半月ほど前からだ。
旧知の漁師さんから「魚送った」、と連絡がきた。
都心泊が多く荷物を受け取れない。
瀬戸内海なので平凡な魚だろうと、たかさんに受け取りをお願いしたのだ。
中身は「かーめん」、サカタザメだった。
「ん」の文字が小さかったのもあり、それをカメと勘違いして、
「スッポンは下ろしたことがねー」と慌ててケータイが来た。
「たかさん、それはカメじゃなくてサメだ。しかもサメだけどエイだ」
中には変な生き物がいっぱい入っていてびっくりしたのだ。
次は、小田原からアジが送られて来て、ご機嫌がなおる。
そして高知から真打ち登場。
中身がわかっていたので、「絶対に開けちゃダメだからね」
荷物を取りに『市場寿司』に行ったら、カメ事件以上にショックをうけたようだ。
中身はオオセ、サメの一種だ。ただしまだ生きていた。
「生きたワニがいるじゃん」
「開けないでって言ったよね」
さて、ここまではご機嫌斜め程度で済んだ。
こんどは静岡から「新子送った」と電話が来たので、これも受け取りと、「新子だから、下ろしもね」とお願いした。
「新子」とはお馴染みコハダの子だろうと思ったら、なんと全長二十五センチ前後のクロマグロの幼魚だったのだ。
怒ったのは「新子違い」もあるが、江戸前なのにコハダ抜き、で暖簾を出したことだ。
本種の「新子」は鮮度のよさもあり、実においしかった。
皮目をあぶってつけた握りも、素晴らしい以上!ワンダフルな味だった。
顔が硬直していたので、「(ニッコリして)結果オーライ」
「バカ言ってんじゃネ。コハダなしの江戸前だ、なんて恥ずかしいよ」
言葉は難しい。静岡ではクロマグロの小型を「新子」とは言わない。
送ってくれた方が高知出身だということを忘れていたのだ。
さて数日後、青森のIさんからメッセージが来た。
クロマグロの子が大漁に定置網に入ったという。
「こんなにいっぱいとれたのは初めて。どうやって食べるんだい?」
昔、幼魚は伊豆半島以南に多く、相模湾ですら若魚「めじ」は多かったが幼魚はあまりいなかった。
青森の人が、食べ方がわからないのは当然、料理法をあれこれ伝授した。
数日後、Iさんからお礼の荷物が届いた。
ホッケの干もの、マダラ、そして「マグロの子」がいっぱい。
多すぎるので『市場寿司』に持ち込むと、近所の飲食店のオヤジさんたちがお昼ご飯を食べていた。
さっそく、たかさんにつけてもらったら、青森の「マグロの子」も非常にうまし。
あっさりしているのに味があるというか、うま味が豊かだ。
オヤジさんたちにもつまんでもらったら大好評だった。
クロマグロは資源が減って大変だと言うこと、最近では釣り船で釣れても持ち帰ってはいけないことなどを話す。
夕食に「マグロの子」のあぶり丼ちらしをいただく。
おいしいけど、ちょっとだけ複雑だ。
釣りの規制だって意味がないとはいえない。
ただ、巻き網や定置網でごっそりとるほうがもっともっと問題だとも思う。
さてある朝、市場の釣り名人、クマゴロウが相模湾で釣ったクロマグロの若魚の写真を見せてくれた。
「おいしそうだったけど、大きく育てよ!って、逃がしてあげた」
そんな話をしていたら、店の奥で妻が、うれしそうな顔をして、
「うちのヒトって優しいんです」
妻の誤解はともかく、マグロ類は放流が難しい。
釣れてしまったら持ち帰れるように、なるといいね。
以上の記事は「つり丸」2021年11月1日号の掲載情報です。
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
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