オジサン(スズキ目スズキ亜目ヒメジ科属)の生態

南日本。インド・西太平洋域の浅い岩礁・珊瑚礁域に生息している。東京ではほかの大型ヒメジと一緒にウミゴイと呼ばれていた。口の形、鱗が確かにコイに似ていて、下あごに二本の長いひげがある。このひげは一種の感覚器官で、砂や珊瑚などにいる甲殻類などを探し出してエサにしている。
もともとの標準和名はオジイサンだった。これを魚類学者の松原喜代松がオジサンに変えた。その理由は不明。ほかにはタカヤス、ハタス、ヘエルタカカシなどとも。
東京島嶼部、三重県以南の太平洋側、沖縄などが産地。関東では希に見かける程度で、同じヒメジ科のホウライヒメジ、ウミヒゴイなどに混ざってくる。和食よりもフレンチで多用される。
オジサンの値段は?
もともと安い魚で、ときに雑魚扱いされていたが、このところ徐々に値段が上昇していて、値下がり傾向にある魚のなかでは珍しい存在。築地場内などでは卸値キロあたり1000円前後。高いときは1600円くらいする。1尾300グラムサイズで300円から500円ほど。そんなに高くないな、などというなかれ。高級フレンチのメインディッシュにヒメジの仲間はよく使われる。1万円のフルコースの魚、実はオジサンなんてことも。
「オジサン」の寿司…オジサンっぽくない。もっと若々しい味に思える

店のラジオからオリンピックのニュース。個人的にスポーツにはまったく興味がないので、FMに変え、たかさんに熱いお茶を入れてもらって、朝ご飯にすしをつまむ。
梅雨明け以来の熱暑。撒いた水がゆらゆらと陽炎をつくり蒸発していく。市場に入荷してくる魚もガラリと変わった。夏の魚が勢ぞろい。タカベ、イサキ、タチウオに盛期を向かえているマダコ、スルメイカ。
たかさんが勝浦産のスルメイカを細造りにして握り、バーナーでボーっとあぶって出してくれる。次がゴマサバでこれもボーっとやって、トロもボーだし、締めのオジサンもやっぱりボーだ。スルメイカのあぶりもうまいけど、今日の主役はオジサンに決まりだ。超うまい!
「たかさん、ゴマサバはあぶらないほうがいいな」
たかさんにバーナーをプレゼントしたのはボク。最近客が減った、と心配そうに言うので、新兵器を贈呈して、目先を変えさせたのだ。
最新型の火力の強いバーナーを手にして、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように、やたらとなんにでもボー、をやる。
「お客さん、あぶりましょうか?」
「あぶって」と言われるととたんに顔がにやけて、嬉々としてバーナーを構える。よく見るとボーをやるときの顔つきが怖い。
おもしろいことに、ほとんどのすしダネが完全な生より、さっとあぶった方がうまい。特に白身魚はあぶると大変身する。本日の主役であるオジサンなど、その最たるものだ。
鹿児島の漁師さんが釣ったもので、3キロ箱いっぱいの中身は標準和名のオジサンが主で、ウミヒゴイやホウライヒメジも混ざる。八王子ではこの大型のヒメジの仲間をすべてオジサンという。
バーナーを見にやってきた多摩地区最長老すし職人・忠さんが、
「この赤い魚、昔八丈島で釣ったことがある。島の浅場でエサはオキアミだったな」
派手なので、食べるには薄気味悪く、全部逃がしてやったのだという。
「忠さん、味みてよ」
たかさんが切りつけ、ボーっとあぶって握る。
「おお、皮から脂が溶け出てるね。今旬かい? 身が厚いね」
味の方もお気に召したようで、1尾だけお分けした。それでバーナーなのだけど長老も欲しいという。
「たかさん、やっぱりヒメジの仲間はうまいね。焼き霜にして刺身でもいいし、汁にしてもいい」
「そうだね。皮かな、味の決め手はさ。独特の香りと甘みがある」
子持ちがいて、脂があり、身が厚い。産卵期と旬が重なる魚なのだ。
たかさんが手帳を出し、
「オジサンは夏の季語と」
「あれ、俳句やってたっけ」
「知らなかったの。ここらへんじゃ有名よ 夏の夜に花火見ている孫四人 いいだろ?」
「なにそれ、そのままでしょ」
「いいじゃない。お祖父さんにしか作れないよ、こんなの」
「そう言えば、オジサンってもともとはオジイサンだったんだよね。それがオジサンに若返ったの」
オジサンを二かん追加する。皮目をあぶると身がぷっくり膨らむ。これはオジサンでもオジイサンでもない、もっともっと若々しい味に思える。皮の甘みと身の甘みの性質が違うし、皮下からにじみ出てきた脂の甘みもあって、甘みの三重奏だ。最後に白身らしい旨みも加わる。
漁師にとっても釣り師にとっても、あまり歓迎されている魚とはいえそうにない。もったいない話だ。
「一句できた! オジサンに孫ができたらオジイサン」
当たり前だ!
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2012年9月1日号の掲載情報です。
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