オオスジハタ(スズキ目ハタ科マハタ属)の生態

南日本からインド洋、西太平洋域の沿岸の岩礁域に生息する。1メートルを超える大型のハタで、生きているときには体に幅の広い白い縦縞がある。それでオオスジハタとなった。日本の魚類学の父、田中茂穂にしては素直な命名。今でも見かける機会の少ない魚だが、輸送の発達しない戦前戦後の頃には超珍魚だったと思われる。
今では築地をはじめ、関東の市場でもそんなに珍しい魚ではない。高知県、大分県などから入荷してくるが、もっともたくさん獲れるのが鹿児島県。市場での呼び名も鹿児島県の「シマアラ」だ。関東にくると幅の広い筋(縞)はすっかり消えてしまっているので、市場人もこの呼び名に「?」を感じながら売っているようだ。
オオスジハタの値段は?
大型のハタなので目が飛び出るくらいに高い。10キロを超えるとキロあたり10000円以上になることもある。それ以下でも1キロあたり5000円前後。築地ではミニサイズと呼ぶ5キロ前後で1尾25000円なのだからすごい。
ハタ類は10キロを超えると味が格段によくなるというが、5キロでもびっくりするくらいにうまい。個人的にはもっと小さいものでも大丈夫、だと思うな。
「オオスジハタ」の寿司…翌日、翌々日と味がのり三日目が一番うまい

昨年の暮れ、古い友人と築地市場を歩いていた。取引先のベルギー人を案内するための下見につきあったのだが、友人が築地場内で巨大なクエの前で立ち止まり、
「このサイズ、釣ったことある」
「へえー、さすが大物釣り師だ」
年に数回しか釣りに出かけないが、「大物しか狙わない、勝負する釣りが大好き」という、ボクとは正反対の男前釣り師でもある。
クエの横にきれいな白身があり、ボクに「買わないか?」と言う。よく見ると八分の一の切り身。「不況だね」というと、
「違うよ。一般の人用」
暮れになると、一般の方がうまいものを探しに来るのだという。友人が値段を聞くと、「ジャスト一万円」。「何?」と聞いて見せた箱に、鹿児島市の仲買で友人の田中水産さんの名と「シマアラ」の文字。
「シマアラって、どんな魚?」
「オオスジハタのこと。鹿児島や高知じゃ、珍しい魚じゃなくて、大物釣りのターゲットらしいよ」
オオスジハタは高知県や鹿児島県沖の岩場にいる大型のハタ。クエよりも珍しく、クエに勝るとも劣らない美味な魚だ。昔、高知市の漁師さんに、この魚を狙う醍醐味を聞かせてもらったことがある。
「5月はこいつを釣りに行くよ」
築地場内がどうして扇状なのか?
「それはここに機関車が入ってきた名残なんだ」とか、いろいろ案内。別れてすぐに先の仲卸にもどると、ちゃんとオオスジハタの切り身が残っていて、これが年末年始の酒の肴として大活躍。九州などで「アラ」と呼ばれる大型のハタ類の味はとにかく別格。名状しがたいうまさに一年の憂さも雲散霧消した。
さて、あれからすでに二ヶ月。大物は忘れた頃にやってくる。八王子にもオオスジハタが入荷。重さ八キロ。「値段は?」と聞くと、片手を広げて見せる。半分四キロで二万円。暮れの築地の二分の一は安いような、高いような。迷った末に、「あらと肝をよこすなら買ってもいいよ」と言うと、仲卸は「あらよっ」と鱗をすき引きしはじめる。
半身にして、「ほら、すごいぜ」と差し出した包丁に脂がべっとり。
これを『市場寿司 たか』に持ち込む。あらを保鮮紙に包み、すしダネに切りつけながら、たかさん、
「昨日さ、オレが帰ったら女房が、オレのベッドで寝てたんだ。驚くじゃない。なんて言ったと思う」
「肩もんで、じゃないの?」
「なぜわかるの?」
「常識でしょ!」
出てきた握りが、目の前で盛り上がる。「まだ身が生きてるね」。
口に入れると、微かに甘く、うま味もほどほどだが、イマイチ驚きを覚えない。「やっぱり明日かな」。
「明後日だと思うな、包丁の入り具合でわかるよ。明日じゃ早い」
翌日、翌々日食べて、徐々に味がのってきて、なんと三日目がいちばんうまかった。その間、身の色合いはあまり変化していない。大型のハタが高いのにはわけがあるのだ。
知り合いのすし店主に聞いてみた、「一かんいくらにつける?」。
「不況だから八百(円)くらいでしょ。バブルの時だったら二千円」
一かんでとんかつ定食が食べられる。でも一かんつまむと、間違いなく二千円でも安い。
さて数日後、友人が築地案内の礼に、ベルギービール・シメイの青を持ってやってきた。
冷蔵になにもなかったので、冷凍庫のあらを解凍。オオスジハタのちりでシメイを飲む。このあらちりがビックリするくらいにいい味。汁まであまさず友と食らい、ふと窓の外を見ると、梅だろうか、桜だろうか、満開なのである。
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2013年4月1日号の掲載情報です。
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