タカベ(スズキ目スズキ亜目タカベ科タカベ属)の生態

本州中部太平洋岸以南、九州の太平洋岸まで生息するとされているが、成魚がたくさんとれるのは千葉県、東京都、静岡県など。紀伊半島、四国、九州では意外に目立たない魚で、鹿児島県では珍魚。
タカベは関東と高知県での呼び名。「たか」は岩の多い海域を表し、「べ」は魚のこと。他にはホタ、トコヤ、シャカなどと言う地域もある。
関東では夏の風物詩ともいえそうな魚で市場に並んだ黄金色の縦縞を見ると「梅雨も間近だ」と感じる。また夏は非常に高値だが、「春のタカベ」は「およびでない」と誰も見向きもしない。
市場では「サワラは岡山」、「タカベは東京」などという。ようするにもっとも高値をつける地域に魚が送られる、ということ。一般に魚は「刺身で食べられるから高い」はずなのにタカベだけは塩焼き専門なのに高い。その上、活け締めした魚は高いが野締め(漁の途中で死んだもの)は安いはずなのに、タカベだけは野締めでも高い。
タカベの値段は?
夏のタカベはよほど問題のない限り1キロあたり卸値3000円を割り込むことはない。1尾150グラム前後で500円くらいするわけで、小売店ではいくらになることやら、とても庶民には手が出ません、なー。
「タカベ」の寿司…甘い。だが、甘いだけじゃない。濃厚な旨みがある

市場にタカベが並び始めた。
タカベのエメラルドグリーンの縦線に、夏はすぐそこまで来ている、なんて実感する。
「夏近し、ですねー」
鹿児島からやってきた人に声をかけたら、反応なし。間をおいて、
「この魚、タカベですよね?」
「当たり前でしょう」
「実物初めて見ました」
「まさか、鹿児島にもいるでしょ」
魚には生息域というのがある。そこにちゃんと[九州太平洋岸まで]と書かれている。でもこの方、水産学部出身である上に、今でも水産業にたずさわっている。ということは、タカベは九州では珍しい魚ということか。ついでに和歌山、四国高知などに聞いてみると、意外にタカベはまとまってとれないのだ、という返事が。とするとタカベを夏の風物詩ととらえる地域は狭いのかも。
夏日が何度かあり、イサキにシマアジ、そしてタカベが毎日のように入荷してきている。見慣れたタカベに、これぞ関東ならでは、の光景なのだな、と感じるようになった。
すし職人の渡辺隆之さんの仕入れにつき合い、「夏だからね。まずイサキね」、「ヒラマサもいいね」、「カンパチもあるよ」なんてすしネタをチョイスしていく。
「たかさん、タカベも」
「タカベは生じゃ使えねーって」
「握ってみようよ」
これを聞いていたのか、ご近所のすし店のオヤジさんが、
「アハハハ、ダメにきまってる。タカベはね。とれたその日は刺身になるのよ。でも翌日になるともうダメ。釣りをやってっからわかんだけど、絶対にすしネタにはなんねー」
「オヤジさん、釣りやるの?」
「まだ現役だよ。還暦超えてっから月イチになったけど。イサキ釣ってて、タカベまじるとうれしいよな」
気になったので、数本買い求めて、『市場寿司』で下ろしてもらう。皮を引くと、血合いが赤黒く、とても生で食べようとは思えない。
しかし、目をつぶって食べると、けっしてまずいわけではない。臭みもなく、脂が多いのかトロンとしている。問題は血合いの色だけだ。
やはりタカベのきれいな刺身は、釣り師だけが楽しめるものなのだろうか。それなら、諦めるか……。とそうもいかないのが、魚貝類研究家としての使命だ。翌日入荷のタカベを三枚に下ろし、皮つきのまま直火であぶる。これをうちわであおいであら熱をとり、まだ人肌くらいのをたかさんに握ってもらう。
たかさんと一、二の三で口に放り込む。驚くべき事に皮の表面からなんともいえない香りが立ち、皮の真下にある脂が溶け出して、甘い。甘いだけじゃない、濃厚な旨みがあるのだけど、これは脂の甘みとタカベの持つ旨みが合わさった相乗効果のなせるものだろうか?
すし飯との相性も抜群にいい。
「おそれいりましたタカベさんだ」
「タカベさんは偉い」
二人でこんなことをやっていたら、たかさんの愛妻が洗い物の手伝いにやってきた。
「あんたって偉いの?」
「……?」
以下の話は長いので要約すると、二人の高校時代、名前に「べ」をつけるのがはやったという。信次くんの場合はしんべとか、ようするに、ごんべさんのべだ。そして隆之なのでたかべとなる。いつのまにか夫婦で寄り添っている。還暦間近なのに気持ち悪い。きっと青春時代のあんなこと、こんなことを思い出しているのだろうね。
「たかさん、ぬる燗一本、それとあぶったタカベをつまみにくれい」
♪つまみはあぶったタカベでいい〜♪、ってか。
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2012年6月15日号の掲載情報です。
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