ユメザメ(ツノザメ目オンデンザメ科ユメザメ属)の生態

太平洋の温帯・熱帯域の深海に広く生息している。鱗はざらざらとまさに鮫肌。真っ黒で細長く、釣り上げたばかりのときには目がエメラルドグリーンで美しい。標準和名の「夢鮫」は、たぶん田中茂穂の命名だと思われる。この明治生まれの日本魚類学の祖はユメカサゴの命名者でもある。古くは肝油や蒲鉾原料として重要なものであったが、今では高級化粧品の材料であるアイザメ類の混獲物でしかない。アイザメの肝臓は数十ミリリットル数万円もする美肌化粧品の原料であるスクアレンがとれるので超高級魚であるが、残念ながら本種などオンデンザメの仲間は良質のスクアレンがとれない。ただし焼津では蒲鉾原料として優れていて、ユメザメで作った薩摩揚げは最高だとも言われている。残念なことに現在ユメザメをとる漁はない。
ユメザメの値段は?
比較的良質の白身なので1キロあたり300円くらいはする。カマボコなどの原料は1キロあたり100円前後が基本なので、その世界では高級品。
「ユメザメ」の寿司…ほんのり甘いみりんが上等の白身ネタに変える

梅雨の走りで雨の日が多い。そんなうっとうしい朝、静岡県焼津の漁師、長谷川久志さんから「久しぶりに漁に出ませんか?」と電話。
押っ取り刀で東名を下り、早朝四時過ぎ、まっくらな焼津小川港から沖に向かう。舳先に立っているのが長谷川ジュニア、操船するのが駿河湾きっての名船頭長谷川久志さんである。海上はべたなぎ。この日の目的のひとつ、海上からの富士山は白いもやに包まれ、まったく見えない。残念だ。世界自然遺産に登録され、めでたいが、駿河湾海上から見る富士山がダントツいちばん美しいのを知る人は少ない。
小一時間で漁場に。延縄を上げはじめる。水深五百メートルから上がってくるのは空バリばかり。いっこうに獲物はかかってこない。
思わずあくびが出て、うとうとしていたら、いきなり海面を割り、浮き上がってきたのが、二メートルを超えるバラムツ。目が覚める。
「魚だよ」
焼津ならではの、鰹縞シャツの長谷川さんが苦笑い。サメ漁師は、サメ以外を「魚」という。
次に来たのが見事なアコウ。思わず「うまそう!」と叫ぶと、
「駿河湾のアコウは最高だけん。お土産に持って行ってくださいよ」
一時間以上してやっと上がってきたサメ一号は長谷川さん曰く、お金にならないユメザメ。
「こいつは商売にならん」
本命はアイザメのなかまのモミジザメだという。途中、何度もハリスごと切られた仕掛けが上がる。
「こらーオンデン(ザメ)か、カグラザメだらー。大きいのは一トン以上あるけんねー。かかっても船には上げらんないだよ」
やっとモミジザメが連続で上がり、珍しいビロードザメも来た。船上は真っ黒なサメがゴロンゴロンと並ぶ。八時間弱の漁が終わり、お土産にユメザメ、アコウ、イバラガニモドキ(駿河湾ではタラバガニ)をいただき帰途についた。
当然、翌日は『市場寿司』である。たかさん、アコウにニコニコ、サメにうんざり、イバラガニモドキにニコニコと梅雨時の天気のようだ。
なんといってもアコウがうまかった。皮下の脂がとろり、身に甘みがある。言うことなし。蒸したイバラガニモドキだって負けてはいない。これぞ駿河湾の美味競演。
問題はユメザメである。軟骨魚類なのでおろすのは簡単。お腹の中から巨大な肝が出てきたが、これはもったいないけど廃棄。身は真っ白、血合いはほとんどないに等しい。刺身にして試食。
「うーん、まずくない。でもうまくもない……」
「これはすしダネにはならないね」、というのに反応したのが、たまたま居合わせた女性客。
「それって深海鮫?」
「そうですけど」
「肌にききそう。一つくださーい」
この日、深海鮫の握りが女性客に大人気だったのにはビックリ。ただし何度食べてもうまいと思えない。
「こんなときにはご隠居だな」
八王子最長老のすし職人、忠さんに相談すると「酢とみりんを合わせ、それに数分漬けて握れ」という。
これは確かにうまかった。ほんのり甘いみりんが、無個性な味わいにプラスに働き、上等の白身ネタに変身してしまった。
「まあ、アコウつまんだら、これはだめだろう」
この日、ユメザメを五かんも食べた女性客が、翌日、また立て続けに食べて、その巨漢をゆすりながら、
「今日起きてびっくり、このへん(ほおのあたり)がすべすべ、つやつや。深海鮫がきいたみたい」
「それユメ見てたんじゃない?」
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2013年6月15日号の掲載情報です。
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