メゴチ(スズキ目ネズッポ科ネズッポ属)の生態

北海道から九州南部の沿岸の内湾などの岸近くの浅い砂地に生息。小型種の多いネズッポ科のなかでは大きくなり体長20㎝を超えるものも珍しくない。
古くはセキレン(関連)が標準和名であった。ネズミゴチは東京の呼び名だが、東京など関東の流通の場ではヌメリゴチ、セトヌメリとともに「めごち」、愛知県では「ぬめりごち」、関西では「がっちょ」。関西の市場では天ぷらに使うために「天ごち」と呼ばれている。他には愛媛県の「にごだ」、長崎県で「いんごち」などがある。
釣りの世界ではシロギスの脇役であるが、関東の築地市場などでは、近年明らかに超高級魚で、老舗の天ぷら店などがやっきになって探すもののひとつ。
メゴチ(スズキ目コチ科メゴチ属)

市場では一度も見たことない。食べたければ釣るしかない!
茨城県・秋田県から九州南岸の日本海・東シナ海・太平洋、瀬戸内海、東シナ海の大陸棚、朝鮮半島西岸と南岸・台湾・中国の浙江省沿岸の水深130m前後よりも浅い砂地に生息している。
標準和名のメゴチは1938年以前のもので非常に古い。
ただしメゴチの意味がはっきりしない。
眼が大きいので「眼鯒」という説と、マゴチと比べると小さいので「雌鯒」という説があってどちらともとれる。
その上、天ぷらの種として有名なネズミゴチも「めごち」と呼ばれていて高級魚なので、余計に本種の陰が薄くなる。
ちなみに地方名もまったくみつからない。どうやらマゴチ以外のコチ科の魚は総て単に「こち」でしかなく、1種類の魚に対する呼び名がないようなのだ。
メゴチの値段は?
大きいほど値が張るが15㎝の小振りのものでもキロあたり2000円以上、20㎝を超えると3000円を超えてしまう。春を迎えたばかりの築地市場内の仲卸で買い求めた20㎝前後の型揃いのものはなんとキロあたり4000円。1尾80gほどとしても1尾、卸値で360円もすることになる。これは天ぷら店の多い東京だけの話かと思ったら近年は関西圏でも値上がり傾向にある。シロギス釣りなどでゲットしたら大切にお持ち帰り願いたい。
残念ながら長年流通する魚を調べているが市場では一度も見ていない。
あちらこちらに問い合わせても、本種だけでの流通はなかったようだ。
念のために市場の魚屋に値をつけてもらうと、「1kgあたり卸値で600円くらい」とのこと。
今回の全長21cm、重さ80gで卸値一尾48円なり。
皮つきのまま湯をかけて、霜皮造りにすると思った以上においしい。お持ち帰りください。
「メゴチ」の寿司①…めごちは「天ぷらの握り」が最高にうまいのだ

夏日が珍しくなくなり、手軽なシロギス釣りに出かける人が多くなったようだ。ある日、『市場寿司』に行ったら、たかさんが、近所の男性に、魚の下ろし方を教えている。
仕事仲間と相模湾で、船を仕立てて五目釣りをしたのだという。クーラーにはシロギスにマアジ、ゴマサバ、メバルまで混じっている。
「めごち(ネズミゴチ)は捨てます」というのを、たかさんが見事に天種用に下ろしている。こんなところが、たかさんの人気の秘密でもある。
「これ市場で買うと、すごい値段なんですよ。絶対に捨てないこと」
「今日は天ぷらにします」
男性は笑顔で帰って行った。
一仕事が終わったところなので、久しぶりに持参した新潟の銘酒を開ける。おつまみとして出てきたのが、ネズミゴチの昆布締めだった。
「忠さんが家族で釣りにいった獲物だって。少ししか釣れなかったんで市場で買い足して、作ったらしいよ。やっぱ仕事が丁寧だねー」
忠さんは、調べたわけではないがたぶん八王子最長老のすし職人で、「ヒラメの昆布締め」など伝統的な仕事をすることで有名なのである。
昆布の上に並んだ身が実にきれいで、締め加減も絶妙だ。
「あれからすしダネになるサイズはなかなかやってこないね」
「生で握れるサイズはめったに釣れないんだよ。ちょっと待ってな」
鍋に白締め油を入れて、ガスにかける。衣を作り、冷蔵庫からいろいろ出して、揚げはじめた。
あにき(昨日仕入れた種という意味の隠語)のスルメイカ、甘えび、それにシロギス、めごちが見事に揚がる。そして目の前に来たのが甘えび、シロギスにスルメイカ。
「めごちは?」
「ちょっと待ってなよ。前に作ってた“まかない”出すからさ」
「前に」というのは近所の住宅街でたかさんがやっていた「『宝鮨』時代の」、という意味らしい。すしだけではなく、ウナギも天ぷらもある、というのが典型的な郊外のすし店の形だったのだ。だから、たかさんは天ぷらの方のプロでもある。
ほろ酔い加減となったときに、出て来たのが、「めごちの天ぷらの握り」だ。だれかが釣ったものではなく、河岸で仕入れたものだとのこと。
「最近、めごちは昔みたいにたくさんは釣れないらしいよ」
「これ、たかさんの発明?」
「違うよ。このへんのすし屋はウナギも天ぷらも出すのが基本だろ。だからまかないに天ぷらの握りって普通なの。都心のようにすし飯でチキンライスってのよりいいだろ」
揚げ方がうまいのか、冷めても衣がサクッと香ばしく、「めごち」の皮の風味、身の甘さが感じられ、すし飯との馴染みもいい。三かんしかないのが、うらめしい。
「たかさん、昔、まかないでこんなの食ってたの」
「ほとんど毎日ね。天種のなかでも、めごちがいちばんすし飯に合うね」
追加をお願いしたら、「だめ」とけんもほろろ。「お願い」と手を合わせたら二かんだけつけてくれた。
後、十かんくらいはいける、それほどに後味が軽い。しかも味わい深く、その味が脳から離れない。
今春、市場の釣り名人、福さんが相模湾の五目釣りで揚げた特大サイズのネズミゴチをくれた。それを生で握ってもらったのだ。
外見からは想像できない美しい白身で、シコッとした食感も楽しめて絶品だったのだ。でも握りとしては天ぷらの方が上かも知れない。
「めごちは天ぷらでつけるのが、最高なんだね。文句なしの味だ」
「いやいや、今度また生でつけたら、それも最高っていうんじゃない」
確かに。まためごちこないか
「メゴチ」の寿司➁…メゴチのにぎり。大健闘のうまさ!

ある寒い朝、たかさんたちと立ち話をしていたら、肉屋の若旦那が「おまけ忘れてるよ」と追いかけてきた。
鏡餅のケースの上に、可愛い虎のフィギュアが乗っている。
「子丑虎卯で卯年だと思ってた」
「たかさん、一年飛ばしたらいけないでしょ。来年はガオーっだよ」
市場の釣り名人、クマゴロウがそれを見て、「虎がつく魚ないの?」と聞くので、「トラザメ、トラギス、トラウツボ、トラフグかな?」。
「トラギスは縁起が悪いけど、トラフグはいいね。特売やろっかな」
「天然ものをみがいて(クマゴロウはフグ調理師なので)一本二千二百円がいいと思うな。ボクは三本ね」
「店が潰れるよ。新年、トラフグを釣りに行こう。釣れる気がする」
乗合船でトラフグを釣るのは難しいと思うけど、意気込みはかえる。ちなみにボクの知る限り、過去に三人トラフグを釣っている。
そこに新婚ほやほやの夫婦釣り師、福さんが魚の入った重い袋をくれた。
中身は黒一色だが、どうやらアマダイ釣りに行った模様だ。
故郷徳島から二キロのシロアマダイが来ているので、「白赤食べ比べたいな」と言ったら、本命は「夫婦で食べます」とおのろけを聞かされた。
ムシガレイ、タマガンゾウビラメなど、アマダイ釣りでお馴染みの魚たちだ。
釣り師のクマゴロウは、「タナが低いんじゃない」とは言うものの、地味だけどうまい魚ばかりだ。
どんな釣りにも言えることだが、脇役あっての主役なのだ。
「いちばんうまいのはこれだね」
味で裏切られたことのないタマガンゾウビラメを指さすと、すかさずたかさんが首を横に振りながら、「シロアマあんだから、こっちは明日にした方がいいんでないかい」
「そこをなんとか」
昼下がりの『市場寿司』、ネタケースには白身がたっぷり並んでいた。
主役は明らかにシロアマダイだ。都心のすし店なら「一かん五千円だね」と仕入れたこともないくせに、たかさんが言う。
これが別に大げさな話ではないところが恐ろしい。
タマガンゾウビラメやムシガレイ、そして三尾だけ紛れ込んでいたファンキーな顔のメゴチなどはその五十分の一といったところだろう。
まずは、シロアマダイの握り五かんが目の前に来た。
すしの名店ならお代二万五千円也だ。見た目も素晴らしいが、味は見た目以上に素晴らしい。
相撲で言えば大横綱の味だ。
続いてタマガンゾウビラメだけど、意外にもシロアマとよつに組んで大健闘、これまたやたらにうまい。
余談になるが、タマガンゾウビラメは関東では地味な魚だが、新潟県では人気が高く、それなりに高い魚なのだ。
釣れたらぜひお持ち帰り願いたい。
残念ながらムシガレイは味がなく、軽くいなされて敗退。
最後に土俵に上がったのが小兵のメゴチの皮霜造りだ。なんと変わり身でいなして勝ち、とまではいかなかったがこれまた大健闘だった。
たかさんと一かんずつ食べて、思わず顔を見合わせるほどおいしかった。
わかりやすい味ではない。控えめだけど後を引くうまさなのだ。
「なんて名の魚?コチのようだし、『めごち』のようでもある」
「説明するのは難しいけどメゴチ」
たかさんが天ぷらを揚げるマネをする。首を横に振って、コチ科とネズッポ科の違いを話し、標準和名と一般的な呼び名の話しをする。
「それじゃあれかい。天ぷらにしちゃーダメな『めごち』かな」
同じような説明を何度もしているのにわかってもらえない。
「メゴチはメゴチ」
たかさんが歌を歌い始めた。
「たかさん、暗い歌はやめてくれる。メゴチは飛んだー♪にして」
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2016年7月1日号・2022年1月1日号の掲載情報です。
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