大イサキの中巻きは実にゴージャスな味であった。思わずラテンミュージックで踊り出したくなるほどにうまい!

ある朝、たかさんが、ご近所のすし店のMさんと話し込んでいた。
「こっちゃー釣りしねーし。持ち込みはお断りしてるしさ」
たかさんが、うなずきながら聞いている。ボクにもお茶をくれて、
「なんせ、仕入れたことのねー魚だろ。すし屋ってのは昔から磯の魚は使わねーって習ったわけよ」
Mさんの店は、多摩地区でも古い商店街にある昔ながらのすし店である。カウンターに座ると、まずはマグロにこはだ、イカに青柳という江戸前ずしの基本ネタが出てくる。今なら麦イカの「煮いか」などという昔ながらのネタにも出合える。
さて、ふたりの話題の主がイサキだったのだ。Mさんの店で宴会があり、お客が釣ったというイサキを数本持ち込んで来た。原則持ち込みお断りだが、世話になっている方だったので、仕方なく料理をした。
「イサキっていやー塩焼きかせいぜい煮つけよ。刺身なんて初めてだし、つけたのも初めてよ」
それで『市場寿司』のネタケースをのぞきに来たらしい。
「驚いたねー。これも、これも」
「イサキだよ。毎日勝手に持ち込んでくる変な肥満体がいるのよ」
なにが「肥満体」だ。話を要約すると、Mさん、初めて食べたイサキの刺身と握りに感激したらしい。
「イサキを使う店増えてますよ」
Mさんの前と、ボクの前にイサキの握りがきた。血合いが鮮やかな赤で見た目にもきれいだ。
「これは昨日、(市場の釣り名人)福さんが持って来た縞ありだよ」
縞模様ありだから、小振りだ。でも脂がのり、その脂からくる甘味と、水温が上がって活発にエサを飽食した挙げ句、栄養の行き渡った身だからこそのみなぎるような弾力というか、歯に感じる抵抗感がすごい。
「たかさん、値千金の味だよこれ」
「そうか? じゃあこれはどうだ」
血合いの色がどこかしら鈍いが、切り口に透明感が残っている。
「これって、この前持ってきた鹿児島産かな。一・三キロあったよね。相模湾にも昔、こんなのいたけどね。もういないんじゃないかな」
カウンターの隅の常連さんが、
「たぶんまだいますよ。私、来週は下田なんです。もっと大きいの釣ってきますから。たかさんよろしく」
口に放り込むと、表面がトロッととろけて甘い。味わいに深みがある。三日目なので身が柔らかく、すし飯との馴染みも抜群によく、喉にすーっと消えてなくなる。三かん立て続けにつまんでもまったくイヤミがない。これぞまさしく横綱級の味だ。
「こりゃー養殖カンパ(チ)より遙かにうめーな。ここらは昔、魚が貨車で来たところなんで、ネタなんかも保守的になっちまうんだな」
「え、Mさんって貨車の時代知ってるの。ってことは何歳?」
「来年八十。あんたより若かろう」
「六十代に見えます。この前、店の前で腕立て伏せしてましたよね」
「肥満体には無理だね」
イサキという魚は面白い。ブリやヒラマサは鮮度がよすぎると身がゴリゴリするが、イサキはどんなに鮮度がよくても身はしっとりとして、食感も心地よいのだ。サイズでの味の違いもブリほどではない。秋の瓜坊だっておいしいのだ。
相模湾産の小振りイサキと鹿児島県産の大イサキと交互に食べてみた。「どっちもいい」と思った。
八十路のMさんは「やっぱり大きい方だな。味も大だ」と言う。
ボクはかなり腹が減っていたので、大イサキの中巻きをお願いした。
これが実にゴージャスな味であった。思わずラテンミュージックで踊り出したくなるほどにうまい!
「あれ、糖質ダイエット中だよな」
「大丈夫。腕立て伏せ百回やる!」
イサキ(スズキ目イサキ科イサキ属)

宮城県・新潟県から南は屋久島周辺の浅い岩礁域に生息している。
一般的には30㎝前後の小型魚だが鹿児島県では2㎏以上も珍しくない。ときどき3㎏が上がるという。幼魚、若魚のときには縞模様があるが、大きくなるに従い模様が消えて、黒一色の体色になる。また体長が長くなるのではなく、成長とともに体高が高くなる魚でもある。2㎏以上ありそうな個体はメジナのような姿をしている。
標準和名は東京での呼び名だが「いさぎ」と呼ぶ人もいたと魚類学の父、田中茂穂は書いている。全国的にも語尾が「き」ではなく「ぎ」と濁音になる方が多い。和歌山県田辺での「かじやごろし」は骨が硬くて、骨をのどに刺すと危険という意味合いだろう。麦の刈り入れ時期(梅雨前)から味がよくなるので「むぎわらいさき」とも呼ぶ。
夏に値を上げる魚だが、漁獲量も増えるので高級魚とは言えそうにない。全長30㎝前後、400gの平均的なサイズでキロあたり卸値が1500円前後だから1尾卸値600円ほどだ。これが重さ1㎏を超えるとぐんと値を上げて1㎏あたり卸値3000円くらいはする。もしも1㎏級を釣り上げたら1尾3000円だと思っていい。
◆協力『市場寿司 たか』
八王子市北野八王子綜合卸売センター内の寿司店。店主の渡辺隆之さんは寿司職人歴40年近いベテラン。ネタの評価では毎日のようにぼうずコンニャクとこのようなやりとりをしている。本文の内容はほとんど実話です。
文責/ぼうずコンニャク
魚貝研究家、そして寿司ネタ研究家。へぼ釣り師でもある。どんな魚も寿司ネタにして食べてみて「寿司飯と合わせたときの魚の旨さ」を研究している。目標は1000種類の寿司を食べること。HP『ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑』も要チェック。
以上の記事は「つり丸」2017年7月1日号の掲載情報です。
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